
1980年代以来、約40年ぶりとなる労働基準法の大改正に向けた動きが本格化しています。厚生労働省の「労働基準関係法制研究会」での議論を経て、これまでの働き方のルールが根底から覆る可能性があります。
本記事では、多岐にわたる改正論点の中から、特に企業の人事労務担当者が注視すべき重要ポイントをピックアップし、企業が今から検討すべき対応策について分かりやすく解説します。
この記事の監修
社会保険労務士法人とうかい
社会保険労務士 小栗多喜子
これまで給与計算の部門でマネージャー職を担当。チームメンバーとともに常時顧問先450社以上の業務支援を行ってきた。加えて、chatworkやzoomを介し、労務のお悩み解決を迅速・きめ細やかにフォローアップ。
現在はその経験をいかして、社会保険労務士法人とうかいグループの採用・人材教育など、組織の成長に向けた人づくりを専任で担当。そのほかメディア、外部・内部のセミナー等で、スポットワーカーや社会保険の適用拡大など変わる人事労務の情報について広く発信している。
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なぜ今、40年ぶりの大改正なのか
1947年(昭和22年)の制定以来、日本の労働法制の背骨であり続けた「労働基準法」。その根幹に関わる大改正の議論が、厚生労働省の「労働基準関係法制研究会」を中心に大詰めを迎えています。1980年代後半の改正以来、約40年ぶりとなる今回の抜本改革は、単なる「ルールの微修正」ではありません。
これまでの労働基準法は、高度経済成長期の「工場労働モデル(集団的・画一的な働き方)」を前提としていました。しかし、令和の現在は、テレワーク、副業・兼業、フリーランス、ギグワーカーといった多様な働き方が普及し、少子高齢化による労働力不足も深刻化しています。
今回の改正案は、「昭和の法律」を「令和の現実」に適合させるための歴史的なアップデートです。その影響範囲は極めて広く、長時間労働の是正から、労働者の定義そのものの見直しまで、約20項目に及びます。

改正議論の全体像と「新しい労働者像」
「守られるべき労働者」とは誰か
今回の研究会報告書案で貫かれている最大のテーマは、「労働者概念の再定義」と「健康確保の絶対化」です。
従来、日本の労働法は「会社と雇用契約を結んでいる人」を主に対象としてきました。しかし、Uber Eatsなどのプラットフォームワーカーや、専属的な業務委託契約を結ぶフリーランスなど、形式上は個人事業主であっても、実態は「指揮命令下にある労働者」と変わらない人々が急増しています。
改正案では、契約の名称にかかわらず、実態として他人に使用され労務を提供している人を広く保護の対象とする方向性が示されました。これは、企業にとっては「外注費」として処理していたコストが「人件費(残業代・社会保険)」に変わる可能性を示唆しており、経営インパクトは甚大です。

労使対立の構図
この改正議論において、労働組合側(連合など)と経営者側(経団連など)の意見は多くの点で対立しています。
- 労働側: 規制の抜け穴を塞ぎ、罰則付きの強力な保護を求める(インターバルの義務化、副業の労働時間通算維持など)。
- 経営側: 労働力不足の中で柔軟性を損なう規制強化に反対し、実務の煩雑さを避ける制度設計を求める(副業の通算廃止、インターバルの努力義務維持など)。
厚生労働省案は、この両者のバランスを取りつつも、世界的な潮流である「ウェルビーイング(健康・幸福)」を重視する方向へ舵を切っています。
【論点1:健康と休息】
勤務間インターバルと「つながらない権利」
最も注目度が高く、かつ企業実務への影響が直結するのが「休息」に関するルール変更です。
勤務間インターバル制度:努力義務から「義務化」への布石
【現状】 勤務終了後から翌日の始業までに一定時間の休息を設ける「勤務間インターバル制度」は、現在「努力義務」にとどまっています。導入率は依然として低く、過労死防止の観点から不十分と指摘されてきました。
【改正の方向性】 EUでは「11時間の連続した休息」が義務付けられていますが、日本でもこれを**より実効性のある制度(義務化またはそれに準ずる強力な規制)**へと引き上げる議論が進んでいます。 具体的には、以下のような段階的な導入が検討されています。
- 健康リスクが高い業種・職種への義務化
- インターバル時間を確保できなかった場合の代償措置(事後の休息付与など)の義務化
【企業への影響】 単なる「深夜残業の禁止」では対応しきれなくなります。例えば、23時に退社した場合、インターバルが11時間であれば翌朝10時まで出社できません。始業時刻が9時の会社であれば、1時間の遅刻扱いをどう処理するか(有給扱いか、労働時間とみなすか)という就業規則の改定が必須となります。

「つながらない権利」の保障に向けたルールの検討
【背景】 スマートフォンやチャットツールの普及により、帰宅後や休日でも上司や取引先からの連絡に応答せざるを得ない「常時接続(Always on)」状態が問題視されています。フランスやオーストラリアなどでは既に法制化されています。
【改正の方向性】 勤務時間外の業務連絡を拒否できる権利、いわゆる「つながらない権利」について、枠組みの導入が検討されています。
- 勤務時間外の業務連絡を制限する仕組みや、応答しなくても不利益な扱いを受けないルールの明記などの検討
【企業への影響】 「緊急時の定義」が争点となります。「サーバーがダウンした」「顧客からクレームが入った」といった事態は緊急とみなされる可能性がありますが、日常的な「明日の会議資料の確認」などは規制対象となります。企業は、管理職に対して「部下の休日にメールを送らない(予約送信を使う)」といった具体的な行動変容を求める教育が必要になります。
【論点2:過重労働対策】
「14日連勤禁止」と労働時間管理の厳格化
「働きすぎ」を防ぐための、より物理的・定量的な制限が強化されます。
連続勤務日数の上限設定(14日以上の連勤禁止)
【現状の抜け穴】 現行の労働基準法では、「4週間を通じて4日以上の休日」を与えれば適法とされます(変形休日制)。極端な解釈をすれば、4週間の最初の4日を休日にし、その後48日間連続で働かせるといった運用も、理論上は不可能ではありませんでした。
【改正の方向性】 これに対し、心身の健康回復には一定期間ごとの完全なオフが必要であるという医学的見地から、「2週間(14日)以上の連続勤務を禁止する」等の具体的な上限設定が導入される見込みです。
【企業への影響】 繁忙期やシフト制の現場(小売・飲食・医療介護など)において、人員不足を理由とした連勤シフトが組めなくなります。システム上で14連勤以上のシフト入力をエラーにする改修や、代替要員の確保といった抜本的な業務体制の見直しが求められます。

36協定と時間外労働規制のさらなる強化
大企業・中小企業ともに適用された「月45時間・年360時間」の上限規制ですが、特例条項(年720時間など)を用いれば依然として長時間労働が可能であるという指摘があります。今回の改正議論では、この特例の適用要件を厳格化し、健康確保措置(医師の面接指導など)をセットにすることが強く求められています。
【論点3:適用範囲の拡大】
フリーランス・家事使用人と「労働者性」
「雇用契約書がないから労働法は関係ない」という理屈が通用しなくなる時代が到来します。
フリーランス・ギグワーカーへの労基法適用
【労働者性の判断基準】 1985年の研究会報告(労働基準法研究会報告)に基づき判断されてきた「労働者性」の基準が、現代の実態に合わせて見直されます。以下の要素が強い場合、業務委託契約であっても労働者とみなされる可能性が高まります。
- 指揮監督下の労働: 仕事の依頼を断る自由がない、業務遂行方法について具体的な指示を受けている。
- 報酬の労務対価性: 成果物ではなく、働いた時間に対して報酬が支払われている。
- 事業者性の欠如: 機械・器具を会社が負担している、他社の業務に従事することが制限されている。
【企業への影響】 実質的に社員と同様の働き方をさせているフリーランスに対して、残業代の支払い、有給休暇の付与、労災保険の適用義務が生じる可能性があります。特にIT業界のエンジニアや、配送ドライバーなどを抱える企業は、契約形態と実態の乖離(偽装請負リスク)を緊急に点検する必要があります。

家事使用人への適用拡大
これまで「家庭に入り込むことによるプライバシーの問題」等を理由に、労働基準法の適用除外とされていた家事使用人(家政婦・家事代行など)についても、適用除外の廃止が検討されています。訪問介護ヘルパーとの均衡や、ジェンダー平等の観点からの改正です。
【論点4:管理職と柔軟性】
「名ばかり管理職」問題と副業・兼業
企業のコスト構造と人事制度に直結する、非常にセンシティブな領域です。
「管理監督者」の要件明確化と健康管理
【名ばかり管理職問題】 労働基準法41条に定める「管理監督者」は、残業代支払いの対象外です。しかし、十分な権限も待遇も与えられていないのに、課長や店長という肩書きだけで残業代をカットする「名ばかり管理職」が長年問題視されてきました。
【改正の方向性】 管理監督者の範囲について、以下の要件をより厳格かつ具体的に定義する方向です。
- 経営参画: 経営者と一体的な立場で重要な職務と権限を持っているか。
- 勤務態様: 出退勤の自由があるか(遅刻・早退の概念がないか)。
- 待遇: その地位にふさわしい給与(基本給・役職手当)が支払われているか。
さらに、管理監督者であっても「労働時間の把握」は義務化されており、これに加えてインターバル規制などの健康確保措置を適用することも検討されています。「管理職なら24時間働かせても良い」という考え方は完全に否定されます。

副業・兼業の労働時間通算ルールの見直し
【現状の課題】 現在は、本業と副業の労働時間を通算して、法定労働時間(1日8時間・週40時間)を超えた分について、後から契約した企業(または現に指揮命令している企業)が割増賃金を支払う原則があります。しかし、企業側にとって副業先の労働時間を正確に把握することは実務上極めて困難であり、これが副業解禁の足かせとなっていました。
【改正の方向性】 ここが労使対立の激しいポイントですが、**「労働時間通算の廃止・簡素化」**が議論されています。
- A案(経営側推奨): 通算を廃止し、それぞれの企業で労働時間を管理。ただし、健康管理(総労働時間の把握)は行う。
- B案(労働側推奨): 過労防止のため、通算ルールは維持すべき。
もし通算ルールが見直されれば、企業は副業を許可しやすくなりますが、同時に「本業+副業」での過重労働による健康障害リスク(安全配慮義務)をどうマネジメントするかという新たな課題が生まれます。
【論点5:その他】
有給休暇・労使コミュニケーション
年次有給休暇の付与要件見直し
現在は「雇入れから6ヶ月継続勤務し、全労働日の8割以上出勤」が付与要件ですが、より早期の付与や、勤続期間の通算(転職しても持ち越せるポータビリティなど)といった、労働移動の円滑化を見据えた議論が行われています。

労使コミュニケーションの再構築(過半数代表者)
36協定の締結などに必要な「労働者の過半数代表者」の選出について、形骸化しているケースが散見されます(親睦会の幹事が自動的になる等)。 改正案では、過半数代表者の選出プロセスを適正化し、その権限や責任を明確にすることで、労使間の対話を実質化させることが狙いです。特に労働組合の組織率が低下する中、未組織企業における従業員の意見集約機能をどう強化するかが焦点です。
【実務対応】
人事労務担当者が今すぐ着手すべきロードマップ
法改正が国会で成立し、施行されるまでには数年の猶予(周知期間)があると思われますが、システム改修や風土改革には時間がかかります。人事労務担当者は以下のステップで準備を進める必要があります。

まとめ
今回の労働基準法改正案は、企業に対して「手間とコストの増加」を強いるものに見えるかもしれません。しかし、その本質は「持続可能な働き方への転換」を国が強制的に促している点にあります。
少子高齢化が進む日本において、「長時間労働でカバーする」「個人の犠牲に依存する」ビジネスモデルは既に崩壊しつつあります。 法改正への対応を単なる「コンプライアンス(法令順守)」として消極的に捉えるのではなく、「優秀な人材を選び、定着させるための競争戦略」として捉え直すべきです。
- しっかりと休息が取れる会社
- 業務とプライベートの境界が尊重される会社
- 公正な契約関係が結ばれる会社
こうした環境を整備できる企業こそが、次世代の労働市場で生き残ることができます。

とはいえ、今回の大改正は論点が多岐にわたり、かつ実務的な判断が非常に難しい内容ばかりです。 「自社のフリーランス契約は適法か?」「今の勤怠システムでインターバル規制に対応できるか?」といった個別具体的な悩みは、ネット検索や書籍だけでは解決できないケースが多々あります。また、誤った法解釈による運用は、未払い残業代請求や労務トラブルといった重大な経営リスクに直結します。
「法改正の内容は理解したが、自社で具体的に何から始めればいいかわからない」 「就業規則や契約書を、最新の法令に合わせて見直したい」 「組織の成長につながる、攻めの労務管理を実現したい」
このようにお考えの人事労務担当者は、ぜひ社会保険労務士法人とうかいへご相談ください。
社会保険労務士法人とうかいでは、最新の法改正情報を常にキャッチアップし、単なる事務代行にとどまらず、企業の成長を支えるパートナーとして実務に即した具体的なアドバイスを行っております。
まずは現状の課題整理から、お気軽にお問い合わせください。


