転職時の社会保険手続きでは、健康保険料や厚生年金保険料の基準となる「標準報酬月額」の計算と決定が重要なポイントです。 この記事では、企業の労務担当者と転職者本人に向けて、転職時における標準報酬月額の決め方や具体的な社会保険手続きの流れ、保険料がいつから給与天引きされるのかといった疑問について詳しく解説します。
この記事の監修
社会保険労務士法人とうかい
社会保険労務士 小栗多喜子
これまで給与計算の部門でマネージャー職を担当。チームメンバーとともに常時顧問先450社以上の業務支援を行ってきた。加えて、chatworkやzoomを介し、労務のお悩み解決を迅速・きめ細やかにフォローアップ。
現在はその経験をいかして、社会保険労務士法人とうかいグループの採用・人材教育など、組織の成長に向けた人づくりを専任で担当。そのほかメディア、外部・内部のセミナー等で、スポットワーカーや社会保険の適用拡大など変わる人事労務の情報について広く発信している。
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転職時の標準報酬月額は入社後の給与見込み額で決まる
転職した場合、社会保険料の計算基礎となる標準報酬月額は、前職の給与額ではなく、転職先との雇用契約に基づいた給与の「見込み額」で決定されます。 これは、社会保険の資格が会社ごとに管理されているためです。
したがって、転職先の給与水準や手当の内容によって、社会保険料は大きく変動する可能性があります。
ここでは、標準報酬月額の基本的な考え方と、転職時における決定ルールについて解説します。

標準報酬月額とは社会保険料を計算するための基準額
標準報酬月額とは、健康保険や厚生年金保険といった社会保険の保険料を計算するために、毎月の給与などの報酬を一定の幅で区切った基準額です。 実際の給与額をそのまま使うのではなく、等級表に当てはめて算出することで、保険料の計算を簡素化しています。
この標準報酬月額に、定められた保険料率を掛けることで、従業員と会社がそれぞれ負担する毎月の保険料が決定されます。
対象となる報酬には、基本給だけでなく、通勤手当や残業手当、住宅手当なども含まれます。
転職時は前職の給与額ではなく新しい会社の給与で決定される
転職後の社会保険料は、前職で支払っていた金額が引き継がれることはありません。 社会保険の被保険者資格は、勤務先の会社を退職した時点で一度喪失し、新しい会社に入社した時点で新たに取得するためです。
そのため、標準報酬月額も転職先の会社との雇用契約で定められた給与や手当の見込み額に基づいて、新たに決定されます。
たとえ前職と年収が同じでも、月給と賞与のバランスが異なれば、月々の社会保険料は変動する可能性がある点に注意が必要です。
【担当者向け】中途採用者の社会保険資格取得手続きの具体的な進め方
中途採用者の社会保険手続きは、まだ給与の支払実績がない段階で進める必要があります。 そのため、雇用契約書や労働条件通知書に記載された内容から報酬月額の見込みを算出し、速やかに資格取得届を提出しなければなりません。
手続きに誤りがあると、後々の保険料徴収や従業員の不利益につながるため、正確な手順を把握しておくことが重要です。 不明な点があれば、社会保険労務士(社労士)などの専門家に相談するのも有効な手段です。

手続きの方法について解説します。
ステップ1:報酬月額を算出する|通勤手当や固定残業代も対象に含める
まず、社会保険料の算定基礎となる報酬月額を算出します。 対象となるのは、基本給のほか、役職手当、資格手当、家族手当、住宅手当といった固定的賃金です。 また、所得税法上は非課税となる通勤手当や、毎月定額で支払われる固定残業代も報酬に含まれます。 これらの金額を雇用契約書や労働条件通知書に基づいて合算し、1ヶ月あたりの見込み額を計算します。
一方で、年3回以下の賞与や、出張の際の実費精算にあたる旅費、慶弔見舞金などは報酬月額の算定には含まれません。
ステップ2:標準報酬月額等級表で該当する等級を確認する
ステップ1で算出した報酬月額を、「標準報酬月額保険料額表」に当てはめて、該当する標準報酬月額の等級を決定します。 この等級表は、日本年金機構や加入している健康保険組合のウェブサイトで確認できます。 例えば、算出した報酬月額が29万円から31万円の範囲内であれば、標準報酬月額は「30万円」というように、一定の幅で区分されています。
この決定された等級に基づいて、健康保険料と厚生年金保険料の具体的な金額が確定します。 健康保険と厚生年金では等級の上限や下限が異なるため、それぞれの表で確認が必要です。
ステップ3:入社日から5日以内に「被保険者資格取得届」を提出する
標準報酬月額の等級を確認したら、速やかに「健康保険・厚生年金保険被保険者資格取得届」を作成し、届け出ます。 この書類の提出期限は、入社日(資格取得の事実があった日)から5日以内と定められています。 提出先は、事業所の所在地を管轄する年金事務所、または加入している健康保険組合となります。 手続きが遅れると、従業員の保険証の発行が遅れるなどの影響が出るため、迅速な対応が求められます。
被扶養者がいる場合は、「健康保険被扶養者(異動)届」もあわせて提出する必要があります。
【転職者向け】社会保険料はいつから給与天引きされる?
転職して新しい会社に入社した際、社会保険料がいつの給与から天引きされるのかは、家計に直接影響するため気になる点です。 社会保険料の徴収には「翌月控除」という原則があり、日割り計算の概念は存在しません。
また、転職に際して一時的に無職の期間があった場合、国民健康保険との切り替えについても正しく理解しておく必要があります。 ここでは、転職者の給与から社会保険料が控除されるタイミングとルールについて解説します。
給与からの天引きは入社した翌月から開始されるのが原則
社会保険料は、資格を取得した月、つまり入社した月から発生しますが、給与からの天引きは翌月に行われる「翌月控除」が一般的です。 例えば、4月1日に入社した場合、4月分の社会保険料が、5月に支払われる給与から控除されます。 これは、会社が給与計算を締め切った後にその月の保険料額を確定させ、翌月の給与から徴収するという実務上の理由によります。
ただし、企業によっては入社当月の給与から天引きする「当月控除」を採用している場合もあるため、自社のルールを就業規則などで確認しておくとよいでしょう。
社会保険料に日割り計算はなく1ヶ月分の保険料が発生する
社会保険料は月単位で計算されるため、月の途中で入社した場合でも日割り計算はされません。 資格を取得した日が属する月から、1ヶ月分の保険料が満額発生します。 例えば、4月15日に入社した場合でも、4月30日に入社した場合でも、どちらも4月分として1ヶ月分の保険料を納める必要があります。
これは、月末時点で被保険者である場合にその月の保険料が課されるというルールに基づいています。 退職時も同様で、月末以外の日に退職した場合は、その月の保険料は発生しません。
月の途中で入社した場合の国民健康保険料との関係
退職から次の入社まで期間が空き、一時的に無職になった場合は、国民健康保険への加入手続きが必要です。 国民健康保険は加入した月から保険料が発生し、会社の健康保険(社会保険)は前月分までしか保険料が発生しないため、同じ月の中で国民健康保険から会社の健康保険に切り替わった場合、その月の保険料は社会保険が優先されます。切り替え手続きを速やかに行えば、二重払いは発生しないのが原則です。
もし二重に支払ってしまった場合は、過払い分が還付されます。 国民健康保険の資格喪失手続きは自動では行われないため、新しい会社の保険証が届いたら、速やかにお住まいの市区町村役場で手続きを行う必要があります。
転職後に社会保険料が高いと感じる場合に考えられる3つの理由
転職後、最初の給与明細を見て「思ったより手取りが少ない」「社会保険料が高い」と感じることがあります。 これは、標準報酬月額の決定方法や、前職との給与体系の違いに起因することが多いです。 単に給与総額が増えただけでなく、通勤手当の影響や、前職のどの時期の保険料と比較しているかによっても、感じ方は変わってきます。
ここでは、転職後に社会保険料が高いと感じる場合に考えられる主な3つの理由を解説します。
理由1:基本給や手当を含めた総支給額が前職より増えた
転職によって基本給や各種手当を含めた月々の総支給額が上がった場合、それに伴い標準報酬月額も上昇し、社会保険料は高くなります。 これは最も直接的で分かりやすい理由です。
例えば、年収は前職と同じでも、賞与の比率が低くなり月給が高くなった場合、毎月の給与から天引きされる社会保険料は増加します。
社会保険料は年収ではなく、あくまで月々の報酬を基準に決定されるため、給与体系の変化が手取り額に影響を与えることを理解しておく必要があります。
理由2:通勤手当が高額で報酬月額に大きく影響している
見落としがちなのが通勤手当の影響です。 通勤手当は、所得税の計算上は一定額まで非課税となりますが、社会保険料の計算においては報酬の一部とみなされ、標準報酬月額の算定基礎に含まれます。 そのため、転職によって勤務地が変わり、通勤手当が前職よりも大幅に高額になった場合、その分だけ報酬月額が押し上げられ、結果として社会保険料の等級が上がることがあります。
特に新幹線通勤などで通勤手当が高額になるケースでは、この影響は大きくなります。
理由3:前職で給与が低かった時期の標準報酬月額と比較している
社会保険料が高いと感じる原因として、比較している対象が適切でない可能性も考えられます。 社会保険料は、原則として毎年4月〜6月の給与を基に算定され、その年の9月から翌年8月まで適用されます(定時決定)。
もし、前職で退職直前に引かれていた保険料が、1年前の給与が低かった時期に決定されたものであった場合、転職後の新しい給与を基に算定された保険料は、それよりも高く感じられることがあります。 比較する際は、いつの給与を基に決定された保険料なのかを意識することが重要です。

経営視点のアドバイス
転職後に社会保険料が高く感じる理由は、①総支給額(月給)の増加、②標準報酬月額に含まれる通勤手当の高騰、③過去の低い等級(前職時)との比較、の主に3つです。
入社後に給与が変動した場合の標準報酬月額の改定タイミング
入社時に決定された標準報酬月額は、その後ずっと変わらないわけではありません。 給与額に変動があれば、それに合わせて標準報酬月額も見直されます。 この見直しには、年に一度、全被保険者を対象に行われる「定時決定」と、昇給などによって給与が大幅に変わった際に、特例的に行われる「随時改定」の2つのタイミングがあります。
これらの仕組みによって、実際の報酬額と保険料負担額が大きく乖離しないように調整されています。

定時決定:毎年4月〜6月の給与にもとづき9月に保険料を見直す
仕組み 定時決定とは、毎年1回、すべての被保険者を対象に行われる標準報酬月額の見直しのことです。 具体的には、その年の4月、5月、6月に支払われた給与(報酬)の3ヶ月間の平均額を算出し、それをもとに新しい標準報酬月額を決定します。 この新しい標準報酬月額は、原則としてその年の9月から翌年の8月までの1年間の保険料計算に適用されます。
そのため、繁忙期などで4月から6月の残業代が増えると、その年の9月からの社会保険料が高くなる可能性があります。
随時改定(月額変更):昇給などで給与が大幅に変動した場合の特例措置
随時改定は、定時決定を待たずに年の途中で標準報酬月額を見直す仕組みで、「月額変更」とも呼ばれます。 これは、昇給や降給、あるいは給与体系の変更などにより、月々の固定的な賃金が大幅に変動した場合に行われます。
この措置により、実際の給与と標準報酬月額との間に大きな乖離が生じ、被保険者が不利益を被ることを防ぎます。 随時改定が行われるためには、次に挙げる3つの条件をすべて満たす必要があります。
随時改定(月額変更)が適用されるための3つの条件
随時改定が適用されるためには、以下の3つの条件をすべて満たす必要があります。
第一に、昇給や降給、手当の変更などにより「固定的賃金」に変動があることです。
第二に、固定的賃金の変動があった月以降の継続した3ヶ月間に支払われた給与の平均額から算出した標準報酬月額が、現在の標準報酬月額と比較して「2等級以上」の差が生じることです。
第三に、その3ヶ月間の給与支払基礎日数が、いずれも17日(特定の事業所では11日)以上あることです。 これらの条件を満たすと、4ヶ月目から新しい標準報酬月額に改定されます。
転職者の社会保険手続きに関するよくある質問
転職時の社会保険手続きでは、個別の状況に応じて様々な疑問が生じます。 例えば、試用期間中の扱いや、手続き後に発行される書類の受け取り時期、前職の書類の必要性などです。
ここでは、転職者や企業の担当者から特によく寄せられる質問をピックアップし、Q&A形式で簡潔に解説します。 5月入社のような具体的なケースを想定すると、手続きのスケジュール感がより分かりやすくなります。
試用期間中でも社会保険への加入は必須ですか?
はい、試用期間中であっても、法律で定められた加入要件を満たす限り、入社初日から社会保険への加入は必須です。
試用期間は雇用契約の一環であり、正社員と同様の扱いとなります。 週の所定労働時間および月の所定労働日数が、同じ事業所で働く正社員の4分の3以上であるなどの要件を満たせば、加入義務が発生します。
新しい標準報酬月額が記載された「決定通知書」はいつもらえますか?
入社後、会社が「被保険者資格取得届」を提出してから健康保険証が手元に届くまでの期間は、加入している健康保険の種類や時期によって異なります。
協会けんぽの場合、申請から1週間から2週間程度で受け取れることが一般的です。ただし、4月などの入退社が多い時期は1ヶ月近くかかる場合もあります。組合健保の場合は、健康保険組合によって期間が異なるため、会社に確認が必要です。「健康保険・厚生年金保険資格取得確認および標準報酬月額決定通知書」という書類が年金事務所などから会社へ送付され、その後本人に渡されます。
前職の源泉徴収票は社会保険の手続きに必要になりますか?
社会保険の手続きにおいて、前職の源泉徴収票は直接的には必要ありません。社会保険料の基準となる標準報酬月額は、転職先の会社で支払われる給与の見込み額に基づいて決定されるため、前職の所得情報は使用しません。
ただし、転職先で年末調整を行う際には前職の源泉徴収票が必要です。年末調整は所得税の過不足を清算する手続きであり、前職と現職の給与を合算して正しい税額を算出するために前職の所得情報が必要となります。この年末調整は、社会保険料控除の申告にも関わるため、間接的に社会保険料に関連すると言えます。
厚生年金基金に加入していた場合、転職先で何か伝える必要はありますか?
基礎年金番号を伝えれば、記録は自動的に統合されます。
昔のように「年金手帳」を物理的に預ける必要はなく、番号さえ正確に伝わっていれば、過去の加入履歴(基金含む)はマイナポータル等で一元管理されます。
転職先が「社会保険未加入」だった場合、どうすればいいですか?
法人の場合は「強制適用事業所」のため、会社に確認が必要です。
従業員5人以上の個人事業主(一部業種除く)や法人は加入が義務です。もし未加入であれば、自分で国民健康保険・国民年金に加入する手続きを行いつつ、会社へ状況を確認しましょう。
まとめ
転職者の標準報酬月額は、前職の給与額とは関係なく、転職先との雇用契約に基づく給与の見込み額で新たに決定されます。 この見込み額には、基本給のほかに通勤手当や固定残業代なども含まれるため、算出の際には注意が必要です。 企業の担当者は、算出した報酬月額をもとに、入社日から5日以内に「被保険者資格取得届」を提出する義務があります。
一方、転職者本人は、保険料の給与天引きは原則として入社翌月から開始されること、また保険料に日割り計算はないことを理解しておくことが重要です。



