2025年から2026年にかけて、賃金のデジタル払い(デジ払い) の制度化が進もうとしています。これは従来の銀行口座振込に代わり、PayPayやLINE Payなどのキャッシュレス決済サービスを通じて給与を支払う仕組みです。
「給与の受け取り方が変わるかもしれない」という話題は、従業員にとって関心事ですが、企業の給与計算担当者や経営層にとっては、運用面での判断が必要になります。
今回は、賃金デジタル払い制度の仕組み、メリット・リスク、そして実際の導入手順について、社会保険労務士法人とうかいが解説します。
この記事の監修
社会保険労務士法人とうかい
社会保険労務士 小栗多喜子
これまで給与計算の部門でマネージャー職を担当。チームメンバーとともに常時顧問先450社以上の業務支援を行ってきた。加えて、chatworkやzoomを介し、労務のお悩み解決を迅速・きめ細やかにフォローアップ。
現在はその経験をいかして、社会保険労務士法人とうかいグループの採用・人材教育など、組織の成長に向けた人づくりを専任で担当。そのほかメディア、外部・内部のセミナー等で、スポットワーカーや社会保険の適用拡大など変わる人事労務の情報について広く発信している。
主な出演メディア
- NHK「あさイチ」
- 中日新聞
- 船井総研のYouTubeチャンネル「Funai online」
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https://www.tokai-sr.jp/staff/oguri/
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賃金デジタル払いとは:銀行振込との違い
現在の給与支払いの仕組み
現在、企業の給与支払いは以下のルールで管理されています。
【現在のルール】
- 給与は従業員指定の銀行口座に振り込む
- 全従業員が銀行口座を持つことが前提
- 支払われた給与は現金化して初めて使用可能

このため、銀行口座を持たない従業員や、離島など銀行サービスが限定的な地域に住む従業員の給与受け取りが課題になってきました。
賃金デジタル払い(デジ払い)の仕組み
賃金デジタル払いは、以下の流れで給与が支払われます。企業(給与支払い)
↓
決済事業者(PayPay、LINE Pay、楽天Pay など)
↓
従業員のスマートフォン
↓
加盟店での買い物・利用 or 銀行口座への入金

【デジ払いの特徴】
- 銀行口座を持つ必要がない
- スマートフォンがあれば給与を受け取れる
- 支払われた給与はそのままスマートペイメントで利用可能
- 銀行口座への出金も可能(手数料がかかる場合がある)
厚生労働省のガイドラインが整備される予定
2024年から2025年にかけて、厚生労働省が「賃金のデジタル払いに関するガイドライン」を策定予定です。このガイドラインが整備されることで、企業は安心して制度を導入できるようになります。
対応している決済サービス一覧と企業の選択肢
現在、賃金デジタル払いへの対応を発表している主な決済事業者は以下の通りです。
| 決済サービス | 対応予定時期 | 特徴 |
|---|---|---|
| PayPay | 2025年中 | 利用者数が多く、加盟店舗が豊富 |
| LINE Pay | 2025年中 | LINEとの連携、利用者層が幅広い |
| 楽天Pay | 検討中 | 楽天ポイントとの連携 |
| d払い | 検討中 | ドコモユーザーを中心に普及 |
| その他メガバンク | 検討中 | 銀行による独自の仕組み構築 |
企業が決済サービスを選ぶときのポイント
企業がデジ払いの導入を検討する場合、以下のポイントで決済サービスを選定します。
- 従業員層とマッチするか
- 若年層が多い企業 → PayPay、LINE Pay
- 年配層が多い企業 → 銀行系サービス
- セキュリティと信頼性
- 一定規模以上の決済事業者を選ぶ
- 複数のサービスから選択肢を提供
- 給与計算システムとの連携
- 既存の給与計算ソフトと連携可能か確認
- 連携できない場合、手動対応のコストを試算
- 手数料体系
- 企業負担の手数料がいくらか
- 従業員の出金時の手数料は誰が負担するか
導入企業のメリット:企業側・従業員側の視点
企業側のメリット
【1】銀行振込手数料の削減
- 従来の銀行振込手数料(1件あたり100~200円程度)が不要になる
- 月100人以上の企業なら、年間数十万円の削減が可能
【2】ファイナンシャルインクルージョン(金融包摂)への対応
- 銀行口座を持たない従業員も給与を受け取れる
- 海外出身者や多様な働き方の従業員に対応可能

【3】給与支払い業務の効率化
- 複数の銀行に振り込む手続きが不要
- 決済事業者への一括送付で完結
【4】企業のデジタル化イメージの向上
- 最新のフィンテック技術を導入している企業というイメージ
- 採用活動での企業PR効果

従業員側のメリット
【1】銀行口座がなくても給与を受け取れる
- 家計管理が複雑な従業員にとっての利便性向上
- 新入社員など口座開設が間に合わない場合の対応
【2】即座に給与を利用できる
- 支払われた給与をそのまま加盟店で利用可能
- 銀行口座への出金待つ必要がない
【3】ポイント還元などの特典
- PayPayであればPayPayボーナスが付与される
- 還元率は決済サービスによって異なる
【4】給与の可視化
- スマートフォンで即座に受取額を確認可能
- 給与明細との照合が簡単
導入企業が抱えるリスク・懸念点と対策
懸念点1:紛失・盗難・セキュリティリスク
リスク内容
- スマートフォンを紛失した場合、給与へのアクセスが失われる
- 不正利用されるリスク
- サイバー攻撃による個人情報漏洩
対策方法
- 決済サービス側の認証機能(生体認証、2段階認証)を活用
- 従業員への「セキュリティ研修」を実施
- 紛失時の対応フロー(サービス事業者への連絡)を事前に周知

懸念点2:現金化に伴う手数料と負担
リスク内容
- 受け取った給与をATMで現金化する際、手数料がかかる
- 手数料は決済事業者によって異なる(無料~200円程度)
- その手数料を誰が負担するか」という問題
対策方法
- 企業側が手数料を負担する仕組みの構築
- または、給与のうち一部は銀行口座振込、一部はデジ払いという併用方式
- 導入前に従業員と合意した上で実施
懸念点3:使途限定によるストレス
リスク内容
- デジ払いは「加盟店での利用」が前提
- 加盟店以外での利用(例:公共料金、家賃の振込)には手数料がかかる
- 「せっかくもらった給与が使いにくい」という不満

対策方法
- 給与の全額ではなく、一部をデジ払いにする(銀行振込との併用)
- 加盟店舗が多い決済サービスを選定
- 従業員に向けて「どの場面で使えるのか」を説明する研修
懸念点4:社会保険・税務上の扱いの不確定性
リスク内容
- 現在、給与の社会保険料や所得税の計算は「銀行振込」を前提としている
- デジ払いが「賃金の支払い」として正式に認められるまで、法的な取扱いが不確定
- 給与計算システムが対応していない可能性
対策方法
- 厚生労働省のガイドライン確定を待ってから導入
- 給与計算ソフトベンダーの対応確認
- 顧問税理士・社労士に相談して、適切な記帳方法を確認

厚生労働省のガイドライン解説:企業が守るべきルール
厚生労働省が策定予定の「賃金のデジタル払いガイドライン」では、以下のようなルールが設定される見込みです。
【ガイドラインの主な内容】
1. 従業員の同意が必須
- 企業が一方的にデジ払いを導入することはできない
- 従業員の個別同意が必要
2. 安全性の基準
- 決済事業者の指定基準(財務基盤、セキュリティ対策)
- 従業員の資金を適切に管理しているか
3. 付随的な費用の負担
- 出金手数料などの「追加費用」をどう負担するかルール化
- 企業が従業員に負担させてはいけない経費の明確化
4. トラブル時の対応
- 給与が正しく支払われなかった場合の補償
- 決済事業者が経営危機に陥った場合の従業員保護
給与計算・労務システムへの影響
既存システムの対応状況
現在、給与計算ソフト(弥生給与、オービック勘定奉行など)のほとんどは、デジ払いに対応していません。
【主要な給与計算ソフトの対応状況】
| ソフト | デジ払い対応 | 予定時期 |
|---|---|---|
| 弥生給与 | 検討中 | 未定 |
| オービック勘定奉行 | 検討中 | 未定 |
| SAP SuccessFactors | 対応予定 | 2025年以降 |
| クラウド型給与計算 | 段階的対応 | 2025年中 |
実装への準備リスト
デジ払い導入前に、給与計算システムで以下の対応が必要になります。
- ベンダーへのデジ払い対応予定の確認
- 現在のシステムで「デジ払い対象者」と「銀行振込対象者」の分岐が可能か確認
- 給与計算の際に「振込先情報」(決済サービス提供者、アカウント情報)を正確に管理
- 給与明細での「振込先」表記の変更
- 社会保険料・税金の計算に影響がないか確認

導入企業の実例:業種別の導入状況
【1】スタートアップ・ベンチャー企業
導入状況
- 既に試験的にデジ払いを導入している企業も出始めている
- 若年層従業員が多いため、抵抗感が少ない

利点
- 給与振込手数料の削減
- 「最新のフィンテック対応企業」というブランド価値
課題
- 給与計算システムの手動対応が必要
- 従業員教育に時間がかかる
【2】外国人労働者を多く雇用する企業
導入状況
- 銀行口座を開設できない外国人への対応として検討中
利点
- 外国人労働者にとって、母国への送金時の手数料が低い(決済事業者の国際送金機能)
- 銀行口座開設の手続きが不要
課題
- 在留資格による制限(どの決済サービスなら使えるか)
- 母国への送金機能が限定的な決済サービスも
【3】中小・零細企業
導入状況
- まだほとんどの企業は様子見の状態
- ガイドラインが確定するまで導入を延期する企業が大多数
利点
- 給与振込手数料の削減(月100人以上の企業なら効果的)
課題
- 給与計算ソフト対応待ちの状態
- 従業員への説明・教育のコスト
- 小規模企業では、コスト削減効果が限定的

給与計算担当者の疑問:よくある質問Q&A
Q1:デジ払いを導入したら、給与計算方法は変わりますか?
A:給与計算方法そのものは変わりません。社会保険料や所得税の計算も同じです。変わるのは「支払い方法」(銀行振込からデジ払いへ)だけです。給与計算システムに、振込先情報を正確に登録すること が重要です。
Q2:給与の一部をデジ払い、一部を銀行振込にすることはできますか?
A:可能です。むしろ、リスク管理の観点からは「一部デジ払い+一部銀行振込」という併用方式が推奨されています。給与計算システムが対応していれば実装可能です。
Q3:社会保険料や税務申告に影響がありますか?
A:現在のところ、影響はありません。「給与」として支払われた金額が社会保険料や所得税の対象になることに変わりはありません。ただし、ガイドラインが確定した際に何らかの変更がないか、注視が必要です。
Q4:決済事業者が経営危機に陥った場合、従業員の給与はどうなりますか?
A:厚生労働省のガイドラインで、従業員保護に関するルールが設定される見込みです。決済事業者に対して「従業員の給与資金を分別管理すること」などの義務が課せられると予想されます。
Q5:デジ払いは法定通貨(円)による支払いですか?
A:はい。デジ払いも、給与を「日本円」で支払う仕組みです。仮想通貨などの暗号資産での給与支払いは対象外です。
企業の実装ステップ:今からできる準備
デジ払い導入を検討している企業は、以下のステップで準備を進めましょう。
【ステップ1:情報収集と方針決定】(今すぐ)
- 自社の従業員にデジ払いのニーズがあるか調査
- 導入による「コスト削減効果」を試算
- デジ払いを導入する必要性を判断
【ステップ2:給与計算システムの確認】(3ヶ月以内)
- ベンダーにデジ払い対応予定を確認
- 対応時期が不透明な場合、他のシステムへの乗り換えを検討
- システム対応費用を予算化

【ステップ3:従業員への説明】(本格導入の3ヶ月前)
- 従業員向けの説明資料を作成
- メリット・デメリットを公正に説明
- 個別同意書の作成(ガイドラインに沿った形式)
【ステップ4:本格導入】(ガイドライン確定後)
- 給与計算システムの設定変更
- 決済事業者への企業情報登録
- 従業員の決済アカウント開設手続き
- テスト支払いで動作確認

給与計算・労務管理の複雑化に備えて
デジ払いの導入は、企業の給与計算業務に新しい要素を追加します。
導入前に確認すべき点
- 給与計算ソフトがデジ払いに対応しているか
- 対応していない場合、手動対応でどれくらいの手間がかかるか
- 従業員の個別同意書の管理方法
- トラブル時の対応フロー

これらは、給与計算や社会保険の専門知識が必要な項目です。
🎯 デジ払い導入について、企業担当者のお困りごと
賃金デジタル払いの導入を検討する際には、以下のようなお困りごとが生じます。
- 「給与計算ソフトが対応するまで、どうやって対応すればいいのか」
- 「社会保険料や所得税の計算に影響がないのか」
- 「セキュリティやトラブル対応をどう整備すればいいのか」
- 「従業員にどう説明すればいいのか」

これらの判断には、給与計算と社会保険の両面からの専門的なアドバイスが必要です。
社会保険労務士法人とうかいでは、デジ払い導入に際しての給与計算への影響診断、就業規則・給与規程の見直し、従業員説明資料の作成などをトータルにサポートしています。
「デジ払いを導入すべきか判断したい」「導入する場合の注意点を確認したい」「給与計算システムの乗り換えが必要か相談したい」といった場合は、ぜひお気軽にお問い合わせください。


