毎年秋に改定される最低賃金は、企業の給与体系に大きな影響を与えます。特に給与が最低賃金に近い従業員を抱える企業にとって、「来年の最低賃金改定に合わせて給与をどう変えるか」は経営判断の重要なテーマです。
2024年から2025年にかけての最低賃金引き上げの傾向を踏まえると、2026年の改定でも一定の引き上げが予想されます。
今回は、最低賃金の仕組み、2026年の予想、そして給与テーブルを見直す際の判断基準について、社会保険労務士法人とうかいが詳しく解説します。
この記事の監修
社会保険労務士法人とうかい
社会保険労務士 小栗多喜子
これまで給与計算の部門でマネージャー職を担当。チームメンバーとともに常時顧問先450社以上の業務支援を行ってきた。加えて、chatworkやzoomを介し、労務のお悩み解決を迅速・きめ細やかにフォローアップ。
現在はその経験をいかして、社会保険労務士法人とうかいグループの採用・人材教育など、組織の成長に向けた人づくりを専任で担当。そのほかメディア、外部・内部のセミナー等で、スポットワーカーや社会保険の適用拡大など変わる人事労務の情報について広く発信している。
主な出演メディア
- NHK「あさイチ」
- 中日新聞
- 船井総研のYouTubeチャンネル「Funai online」
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最低賃金とは:地域別・業種別の基本知識
最低賃金の仕組み
最低賃金とは、労働基準法に基づいて、都道府県ごとに定められた賃金の下限額です。
【重要なポイント】
- 企業規模や業種に関わらず、すべての企業に適用される
- 正社員・パート・アルバイト、雇用形態を問わず適用
- 最低賃金未満の給与を支払うことは違法(罰則あり)

最低賃金の種類:地域別と業種別
最低賃金は2つの種類に分けられます。
【1】地域別最低賃金
各都道府県で定められた最低賃金。全国一律ではなく、地域の経済格差を反映しています。
例:
- 東京都:1,113円(2024年度)
- 神奈川県:1,112円
- 愛知県:1,099円
- 最も低い県(例:高知県):858円

【2】業種別最低賃金
特定の産業に限定した、より高い最低賃金。地域別最低賃金よりも優遇されます。
例:
- 鉄鋼業
- 電気機械器具製造業
- 自動車・同附属品製造業
2024年~2025年の最低賃金改定実績と傾向分析
過去の引き上げ幅
最低賃金は毎年秋に改定されます。近年の引き上げ幅を見ると、以下のような傾向があります。
| 年度 | 全国平均引き上げ幅 | 引き上げ率 |
|---|---|---|
| 2020年 | 0円 | 0% |
| 2021年 | +1円 | +0.1% |
| 2022年 | +31円 | +3.0% |
| 2023年 | +41円 | +3.9% |
| 2024年 | +40円 | +3.6% |
| 2025年(予想) | +30~40円 | +2.8~3.6% |
分析ポイント
2022年以降、急速な引き上げが続いています。背景には以下の要因があります。
- 物価上昇:インフレーションに対応するための引き上げ
- 政府の賃上げ政策:「ベースアップ」支援施策の展開
- 人手不足対応:採用競争力維持のための引き上げ
地域別の動向:都道府県ごとの格差
最低賃金の引き上げは、全国一律ではなく、地域によって異なります。
【高い地域(1,100円以上)】
- 東京都:1,113円
- 神奈川県:1,112円
- 大阪府:1,084円
- 愛知県:1,099円

【中程度の地域(950~1,050円)】
- 福岡県:1,009円
- 広島県:960円
- 京都府:1,015円
【低い地域(850~900円)】
- 青森県:893円
- 岩手県:892円
- 沖縄県:894円
格差は広がり続けており、最も高い地域と低い地域で200円以上の差があります。
2026年の最低賃金改定予測と企業への影響
予想される引き上げ幅
2026年の最低賃金改定は、以下のシナリオが予想されます。
【シナリオA:緩やかな引き上げ】
- 全国平均:+25~35円
- 引き上げ率:+2.3~3.2%
- 背景:物価上昇が落ち着いてくるシナリオ
【シナリオB:継続的な引き上げ】
- 全国平均:+35~45円
- 引き上げ率:+3.2~4.1%
- 背景:政府の賃上げ政策が継続するシナリオ
最も可能性が高いのは「シナリオB」です。 政府が「賃金上昇」を掲げ続ける限り、最低賃金も段階的に引き上がり続けると予想されます。
業種別への影響予測
最低賃金の引き上げは、以下の業種に最も大きな影響を与えます。
| 業種 | 影響度 | 理由 |
|---|---|---|
| 小売業(コンビニ・スーパー) | ⭐⭐⭐⭐⭐ 最大 | パート・アルバイトが大多数 |
| 飲食業 | ⭐⭐⭐⭐⭐ 最大 | 時給制の従業員が大多数 |
| 介護・福祉 | ⭐⭐⭐⭐ 大きい | 処遇改善加算が限定的 |
| 宿泊業 | ⭐⭐⭐⭐ 大きい | シーズナル労働者が多い |
| 製造業 | ⭐⭐⭐ 中程度 | 最低賃金層が一定層いる |
| IT・情報通信 | ⭐ 小さい | 給与が最低賃金より高い傾向 |
最低賃金が引き上がった場合の給与テーブル見直しポイント
最低賃金未達成による罰則
最低賃金法違反は、企業に対して以下の罰則があります。
【罰則内容】
- 管理者の罰金:30万円以下の罰金
- 企業の信用失墜:労働基準監督署による指導、公表
- 未払い分の支払い義務:過去の全未払い分を遡及して支払う(2年~3年分)
- 付加金の請求:未払い分と同額の付加金支払い(計2倍の支払い)

最低賃金未達成は、経営に大きな影響を与えるため、前倒しでの対応が重要です。
給与テーブル見直しの判断基準:3つのパターン
最低賃金が引き上がった場合、企業が取るべき対応は3つのパターンがあります。
パターン1:最低賃金ぎりぎりの従業員に対する給与引き上げ
対象者
- 現在の給与が「最低賃金+数百円」の従業員
- パート・アルバイト層
- 新人・初級職

対応方法
- 最低賃金の引き上げに合わせて、当該従業員の給与を引き上げ
- 通常、全員を一律に引き上げる必要はない(法律上は、最低賃金を満たしていれば OK)
実例
改定前:時給1,100円
改定後の最低賃金:1,130円(+30円)
→ 当該従業員の時給を1,130円に引き上げ
メリット
- シンプルで分かりやすい
- 計算が簡単
デメリット
- 最低賃金ぎりぎりと、その上の給与層との「逆転」が起きる可能性
- 既存従業員のモチベーション低下
パターン2:既存従業員全体の給与調整
対象者
- 最低賃金ぎりぎりの従業員だけでなく、その上の層にも波及効果がある場合
対応方法
- 「昇給」という名目で、複数の給与層に段階的な引き上げを実施
- または「定期昇給」に最低賃金の引き上げ分を上乗せ
実例
改定前:
– 時給1,100円層:20名
– 時給1,150円層:30名
– 時給1,200円層:50名
改定後(最低賃金1,130円):
– 時給1,130円層:20名(+30円)
– 時給1,180円層:30名(+30円)← 逆転を避けるため調整
– 時給1,230円層:50名(+30円)

メリット
- 給与層間の秩序を保ちながら対応
- 既存従業員との不満を軽減
デメリット
- 引き上げコストが増加
- 給与テーブル全体の設計し直しが必要
パターン3:昇給・賃上げスケジュールへの組み込み
対応方法
- 最低賃金の引き上げを「来年度の定期昇給」に織り込む
- あらかじめ給与テーブルを「段階的に引き上げるシナリオ」で設計
実例
【3年間の給与テーブル引き上げ計画】
2026年:最低賃金1,130円へ対応 + 定期昇給2%
2027年:最低賃金1,160円へ対応 + 定期昇給2%
2028年:最低賃金1,190円へ対応 + 定期昇給2%
メリット
- 給与コストの増加を計画的に管理
- 従業員にも「昇給」という形で好評
- 予測可能な給与運営

デメリット
- 複数年にわたる計画が必要
- 将来の最低賃金改定を予測する必要
給与計算への影響:最低賃金チェック方法
給与計算ソフトでのチェック機能
現在の給与計算ソフト(弥生給与、勘定奉行など)のほとんどは、最低賃金チェック機能を搭載しています。
チェック機能の利用方法
- 都道府県別の最低賃金をシステムに登録
- 従業員の給与を計算
- 「給与 < 最低賃金」の場合、自動で警告表示
- 修正金額が提示される

最低賃金の適切な計算方法
給与から最低賃金を差し引く場合、以下の項目に注意が必要です。
【最低賃金に含まれるもの】
- 基本給
- 定額手当(職務手当、資格手当など)
- 賞与(ただし特定の計算方法がある)
【最低賃金に含まれないもの】
- 残業代・割増賃金
- 実費弁済(通勤手当、食事代など)
- 賞与(一部)
重要なポイント: 通勤手当が「最低賃金の対象外」になることがあります。これを知らず、通勤手当を「基本給に含める」と、実は最低賃金未達成になっている可能性があります。
給与テーブル見直しシミュレーション:具体例
【例1】小売業・100名規模企業
現状
- パート・アルバイト:80名
- 時給:1,100円
- 月間勤務時間:160時間
最低賃金改定:1,100円 → 1,135円(+35円)
対応方案の比較
| 対応方案 | 月額コスト増加 | メリット | デメリット |
|---|---|---|---|
| 【案A】時給のみ引き上げ | +448,000円/月 | シンプル | 上位職との逆転 |
| 【案B】全給与層引き上げ | +650,000円/月 | 秩序維持 | 費用が増加 |
| 【案C】3年計画で対応 | +150,000円/月 | 計画的 | 複雑性がある |
推奨:案C(3年計画) — 毎年の昇給に上乗せして対応することで、コストを平準化
【例2】製造業・200名規模企業
現状
- 契約社員(最低賃金層):50名
- 時給:1,100円
- その他従業員(正社員等):150名
最低賃金改定:1,100円 → 1,135円(+35円)
対応方案
【段階的給与体系の見直し】
改定前:
– 時給1,100円層:50名(契約社員)
– 月給250,000円層:100名(正社員初級)
– 月給350,000円層:50名(正社員中級)
改定後(案:全層均等に+1%昇給):
– 時給1,135円層:50名(+35円)
– 月給252,500円層:100名(+2,500円)
– 月給353,500円層:50名(+3,500円)
年間コスト増加:約1,800万円

よくある質問Q&A
Q1:最低賃金が引き上がったら、必ずすべての従業員の給与を引き上げなければいけませんか?
A:いいえ。法律上は「従業員の給与が最低賃金以上であること」が要件です。すでに最低賃金を上回っている従業員については、給与引き上げの義務はありません。ただし、実務的には「給与体系間の秩序」を保つため、段階的な引き上げを検討することが多いです。
Q2:時給と月給の従業員が混在している場合、どう対応すればいいですか?
A:給与形態に関わらず、「実際の給与が最低賃金以上か」を判定します。月給制の場合は、(月給 ÷ 月間労働時間)で時給換算し、最低賃金と比較します。
Q3:賞与(ボーナス)は最低賃金に含まれますか?
A:原則として含まれません。ただし、特定の計算方法で賞与の一部を「通常の給与に含める」ルールもあります。不確かな場合は、社労士に相談することをお勧めします。
Q4:最低賃金の改定が決まるのはいつですか?
A:毎年8月初旬に厚生労働省から「目安」が示され、その後各都道府県で審議会を開いて、9月下旬~10月初旬に正式に決定されます。
Q5:複数都道府県に支店がある場合、どの最低賃金を適用しますか?
A:従業員が勤務する都道府県の最低賃金を適用します。複数県に拠点がある場合は、それぞれの最低賃金を適用する必要があります。
企業の実務対応:年間スケジュール
最低賃金改定に向けた企業の準備スケジュール(例)は以下の通りです。
【7月~8月】情報収集・シミュレーション
- 厚生労働省の「目安」を確認
- 自社従業員への影響を試算
- 給与引き上げパターンの検討

【9月~10月】改定決定・対応方針決定
- 各都道府県の最低賃金が決定
- 社内での対応方針を決定
- 給与計算システムの設定変更
【10月~11月】従業員への説明・準備
- 対象従業員への説明
- 給与計算ソフトの設定確認
- テスト計算の実施
【12月~】本格対応
- 改定後の給与で支給開始
- 給与明細での確認
- トラブル対応

給与設定の長期計画:最低賃金上昇への対応戦略
最低賃金の段階的な上昇が続く見込みのため、企業としては以下のような「長期給与戦略」を検討すべきです。
戦略1:段階的な給与テーブル再構築
来年の最低賃金改定だけでなく、今後3~5年の改定を見据えた給与テーブルを設計します。【5年計画の給与テーブル】
現在:基本給100,000円 + 手当25,000円
↓ (毎年最低賃金+1%昇給)
2026年:102,500円 + 25,500円
2027年:105,100円 + 26,100円
2028年:107,700円 + 26,700円
2029年:110,400円 + 27,300円

戦略2:職能給制度への転換
給与を「職能(能力)」に基づいて設定する制度に転換し、最低賃金の影響を最小化します。
メリット
- 最低賃金の上昇と「職能給」が分離される
- 従業員のモチベーション向上
- 給与の透明性が向上
戦略3:福利厚生の充実による補填
給与の上昇幅が限定的な場合、福利厚生を充実させて「実質的な待遇向上」を実現します。給与引き上げ:月1,000円にとどめる
↓
その他福利厚生を充実:
- 健康診断の無料化
- 教育訓練費補助
- 食事補助の拡充

🎯 最低賃金改定と給与テーブル見直しについて、企業担当者のお困りごと
最低賃金の改定に対応する際には、以下のようなお困りごとが生じます。
- 「来年の最低賃金がいくらになるか予測できない」
- 「給与テーブル全体をどう見直すべきか」
- 「複数県での最低賃金の違いにどう対応するか」
- 「既存従業員との給与バランスをどう保つか」

これらの判断には、給与計算と労務管理の専門知識が必要です。
社会保険労務士法人とうかいでは、最低賃金改定に対応した給与テーブルの見直し、従業員への説明資料作成、給与計算システムの設定変更などをトータルにサポートしています。
「来年の最低賃金改定にどう対応すればいいのか」「給与テーブルの見直しを相談したい」「複数県での対応方法を確認したい」といった場合は、ぜひお気軽にお問い合わせください。


