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コラム

「退職給付金」とは? ―うつ病を理由にした給付金・解決金の不正受給に要注意(社労士が解説)

社会保険労務士法人とうかい
社会保険労務士 小栗多喜子

これまで給与計算の部門でマネージャー職を担当。チームメンバーとともに常時顧問先450社以上の業務支援を行ってきた。加えて、chatworkやzoomを介し、労務のお悩み解決を迅速・きめ細やかにフォローアップ。

現在はその経験をいかして、社会保険労務士法人とうかいグループの採用・人材教育など、組織の成長に向けた人づくりを専任で担当。そのほかメディア、外部・内部のセミナー等で、スポットワーカーや社会保険の適用拡大など変わる人事労務の情報について広く発信している。

主な出演メディア

  • NHK「あさイチ」
  • 中日新聞
  • 船井総研のYouTubeチャンネル「Funai online」

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まずお伝えしたいこと

「退職給付金」という名称の公的制度は、実は存在しません。

現場でこの言葉が使われるとき、多くの場合は次のいずれか(または組み合わせ)を指しています。

  1. 健康保険の傷病手当金
  2. 労災保険の休業(補償)給付
  3. 退職時に会社から支払われる退職金・解決金(和解金)

そして近年、「うつ病の診断書を取得して働けない状態を作り、給付金や解決金を得る」という進め方を、医師と弁護士がセットになって持ちかけてくるケースについてご相談を受けることが増えています。

社労士としての結論は明確です。診断を偽ったり、実態のない休職を作って給付金・解決金を得る行為は違法であり、発覚すれば返還請求や刑事責任の対象になり得ます。加えて、うつ病の受診歴・診断歴が残ることで、将来ご自身が生命保険・医療保険に加入しにくくなるリスクも生じます。 「簡単にお金がもらえる」という話には、必ずこの2つのリスクが付いてくることを、まず知っていただきたいと思います。

以下、制度の整理と、実際にどのようなリスクがあるのかを解説します。

1. 「退職給付金」と呼ばれるものの正体

(1)傷病手当金(健康保険)

業務外の病気やケガ(うつ病などの精神疾患も含む)で働けなくなったとき、健康保険(協会けんぽ・健康保険組合)から支給される現金給付です。

  • 支給要件:療養のため労務不能であること、連続する3日間の待期期間を満たしていること等
  • 支給額:おおむね標準報酬日額の3分の2相当額
  • 支給期間:同一の傷病について、支給開始日から通算して1年6か月(2022年1月の法改正により、途中で就労した期間があっても「通算」で計算されるようになりました)

参考:全国健康保険協会「傷病手当金について」
https://www.kyoukaikenpo.or.jp/g3/cat330/sb3130/

(2)労災保険の休業(補償)給付

業務中・通勤中の負傷や、業務が原因と認められる精神疾患(いわゆる労災うつ)で働けない場合に支給される給付です。傷病手当金と異なり、業務起因性の認定(労災認定)が必要になります。

参考:厚生労働省「労災保険給付の概要」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/koyou_roudou/roudoukijun/rousai/

(3)退職金・解決金(和解金)

法的な意味での「給付金」ではありませんが、退職時に会社側と従業員側の弁護士が交渉し、未払い残業代・パワハラ慰謝料・解雇の有効性などを理由に、退職金に上乗せする形で支払われる金銭です。制度に基づく給付ではなく、あくまで当事者間の合意(示談)による金銭である点が(1)(2)と大きく異なります。

2. よくある「悪用スキーム」の手口

ご相談やネット上の情報から見えてくる典型的な流れは、次のようなものです。

  1. 心療内科・精神科を受診し、「うつ病」等の診断書を取得する
  2. 診断書を提出して休職し、傷病手当金を受給する(最大1年6か月)
  3. 並行して弁護士を立て、「パワハラで発症した」「安全配慮義務違反だ」等を主張
  4. 会社側に対し、退職を条件とした解決金・退職金の上乗せを要求する
  5. 場合によっては、医師と弁護士があらかじめ連携しており、紹介料や成功報酬を目的に案件化している

会社側は診断書の内容そのものを否定する手立てに乏しく、労務不能かどうかの実態確認が難しいという弱みがあります。これが、こうしたスキームが成立してしまう背景です。

なお、うつ病そのものは実在する疾患であり、本当に療養が必要な方が正当に傷病手当金や労災給付を受けることは、当然に保護されるべき権利です。 ここで問題にしているのは、診断書の内容と実態が乖離している、あるいは意図的に症状を演出・誇張しているケースに限られます。実態と診断が一致しているかどうかの判断は、最終的には医学的知見と個別の事実認定によるため、社労士が断定できる範囲を超える点はご留意ください。

3. 発覚した場合のリスク(本人側)

給付の返還・刑事責任

  • 傷病手当金を偽りその他不正の行為により受給した場合、健康保険法第58条に基づき、保険者はその給付の全部または一部の返還を命じることができます。
  • 悪質性が高いと判断された場合、詐欺罪(刑法第246条)に問われる可能性もあります。

参考:健康保険法(e-Gov法令検索)
https://laws.e-gov.go.jp/law/311AC0000000070

将来、民間の保険に入りにくくなる

生命保険・医療保険への加入時には、既往症・現病歴の告知義務があります。うつ病等の精神科受診歴・診断歴があると、

  • 加入自体を謝絶される
  • 加入できても「精神疾患に関する部位不担保」などの特別条件が付く
  • 保険料が割り増しになる

といった扱いになるケースが一般的です(具体的な取扱いは保険会社・商品・症状の程度により異なるため、詳細は各保険会社への確認が必要です)。実態のない診断で「うつ病」の記録だけが残ってしまうと、これから先、住宅ローンの団体信用生命保険や医療保険など、本当に必要になったときに加入できない・条件が悪くなる、という不利益を自分自身が長期間背負うことになります。

「給付金・解決金がもらえる」というメリットの裏に、「将来、保険に入りづらくなる」という一生ものの不利益があることは、案件を持ちかけられた際に必ず考えるべき点です。

4. 会社側が知っておくべきこと・対策

  • 休職・復職ルールの整備:休職の開始・延長・復職の各段階で、診断書の提出義務、産業医面談の実施、必要に応じたセカンドオピニオンの取得を就業規則・休職規程に明記する
  • 記録の徹底:やり取りはメール・書面で残し、口頭のみのやり取りは避ける
  • 弁護士・社労士との連携:相手方に弁護士が就いた時点で、会社側も顧問社労士・弁護士に相談し、個別に対応しない
  • 不正受給が疑われる場合:協会けんぽ等の保険者への相談・情報提供も選択肢になります

本当に療養が必要な従業員が萎縮せず適正に休職・傷病手当金を利用できる環境を維持しながら、悪質なケースにはきちんと対応できる体制を整えることが重要です。

まとめ

  • 「退職給付金」という単一の公的制度はなく、実務上は傷病手当金・労災給付・退職金や解決金を指して使われている言葉です
  • うつ病の診断を偽って給付金・解決金を得る行為は、返還請求や詐欺罪のリスクを伴います
  • 診断歴が残ることで、将来の生命保険・医療保険加入に不利益が生じる可能性があります
  • 「医者と弁護士のセット」で話を持ちかけられても、安易に応じるべきではありません

本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の事案については弁護士・社会保険労務士への確認をお願いいたします。

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