副業・兼業を認める企業が増えている一方で、「複数社で働く従業員の給与計算や労働時間管理をどうすればいいのか」という課題に直面する企業も多くあります。
給与計算の間違いは、未払い残業代請求のリスクにつながるため、正確な理解が不可欠です。
今回は、副業・兼業における労働時間の通算ルール、給与計算上の注意点、そして企業が取るべき管理体制について、社会保険労務士法人とうかいが詳しく解説します。
この記事の監修
社会保険労務士法人とうかい
社会保険労務士 小栗多喜子
これまで給与計算の部門でマネージャー職を担当。チームメンバーとともに常時顧問先450社以上の業務支援を行ってきた。加えて、chatworkやzoomを介し、労務のお悩み解決を迅速・きめ細やかにフォローアップ。
現在はその経験をいかして、社会保険労務士法人とうかいグループの採用・人材教育など、組織の成長に向けた人づくりを専任で担当。そのほかメディア、外部・内部のセミナー等で、スポットワーカーや社会保険の適用拡大など変わる人事労務の情報について広く発信している。
主な出演メディア
- NHK「あさイチ」
- 中日新聞
- 船井総研のYouTubeチャンネル「Funai online」
社会保険労務士 小栗多喜子のプロフィール紹介はこちら
https://www.tokai-sr.jp/staff/oguri/
取材・寄稿のご相談はこちらから

副業・兼業とは:法的位置づけの基本
副業・兼業が許可される背景
2018年の厚生労働省「モデル就業規則」改正により、副業・兼業が「原則として禁止しない」という方針が示されました。
背景
- 働き方の多様化
- 人手不足対応
- 従業員のキャリア形成支援
- スキル向上

現在、多くの企業で副業・兼業が認められるようになっています。
副業・兼業の定義
【副業とは】
- 本業以外に、別の企業で働くこと
- 給与所得、事業所得など複数の収入源
【兼業とは】
- 複数の企業で同時に働くこと
- 本業と副業の区別がない場合もある
労働時間の通算ルール:複数企業での勤務の場合
厚生労働省の通達「副業・兼業の場合の労働時間通算」
複数企業で働く従業員の労働時間は、すべての企業での勤務時間を合算して、残業の有無を判定します。
【通算の原則】A社の労働時間 + B社の労働時間 = 総労働時間
総労働時間が1日8時間、週40時間を超えれば「残業」と判定

【具体例】
【ケース1】フルタイムの本業 + パートの副業
A社(本業):1日8時間 × 20日 = 160時間/月
B社(副業):1日3時間 × 20日 = 60時間/月
──────────────────────────
総労働時間:220時間/月
通常の法定労働時間:160時間/月
超過分:60時間(全て残業扱い)
残業代の計算:
A社での超過時間:0時間(8時間以内)
B社での超過時間:60時間(全て超過)
→ 60時間 × 時給 × 1.25倍 = B社が支払う
重要なポイント: B社(副業先)の時給が本業より低い場合、本業の時給で残業代を計算する必要があるというルールもあります。
通算対象となる労働と対象外の労働
すべての労働が「通算対象」となるわけではありません。
【通算対象になる労働】
- 給与所得(他企業での正社員、契約社員、パート、アルバイト)
- 雇用関係のある労働
【通算対象にならない労働】
- 事業所得(自営業、フリーランス、個人事業主)
- 農業、漁業
- 給与所得ではない所得
給与計算上の注意点:残業代・保険料・税金
残業代の計算:複雑なルール
副業・兼業での残業代計算は、以下のルールで複雑になります。
ルール1:時間外労働の単価計算
通常の残業代計算:
基本給 ÷ 所定労働時間 × 超過時間 × 1.25倍
複数企業での場合:
各企業の給与を合算して、「通算時給」を計算
→ 低い時給の企業(副業先)が高い時給を使って支払う可能性

ルール2:本業と副業のどちらが残業代を払うのか
労働基準法では、「副業先(後発の企業)が残業代を支払う」という原則があります。
【例】
A社:月給200,000円、時給1,250円(160時間/月)
B社:時給800円、1日3時間、20日勤務(60時間/月)
総労働時間:220時間(160時間を60時間超過)
B社が支払うべき残業代:
60時間 × 1,250円(A社の時給を採用)× 1.25倍 = 93,750円
→ B社はこの残業代を支払わなければならない
社会保険料の計算:要注意ポイント
複数企業での勤務がある場合、社会保険料の計算は以下のルールが適用されます。
健康保険:被保険者は「主たる事業所」のみ
複数の企業で働く場合、健康保険の被保険者になるのは「主たる事業所(本業先)」のみです。A社(本業):月給200,000円
B社(副業):月給80,000円(パート)
判定:A社が「主たる事業所」
→ A社でのみ健康保険に加入
→ B社では加入しない

厚生年金保険:すべての事業所で加入
厚生年金保険は異なり、複数企業での勤務すべてで加入が必要です。
同上の例:
A社:月給200,000円 → 厚生年金加入
B社:月給80,000円 → 厚生年金加入
両社から保険料を徴収される
複雑な計算になるため、注意が必要です。
雇用保険:複数加入不可
雇用保険は、複数企業への同時加入ができません。 主たる事業所のみ加入します。
A社(月給200,000円):加入
B社(月給80,000円):加入しない
所得税:年末調整の複雑性
副業・兼業がある場合、年末調整が複雑になります。
【年末調整のルール】
- 本業先:年末調整実施 — 給与所得控除、扶養控除など
- 副業先:年末調整なし — 翌年の確定申告で精算
【例】
A社年末調整:230万円の給与 → 年末調整で納税額確定
B社給与:80万円 → 年末調整なし(副業のため)
従業員は翌年2月に確定申告を行い、納税額を精算

企業が取るべき管理体制:就業規則・契約・勤務表
副業・兼業を許可する場合の就業規則の記載
企業が副業・兼業を認める場合、就業規則に明確な記載が必須です。
【就業規則に記載すべき項目】
- 副業・兼業の申告義務
- 副業を始める前に、企業に報告すること
- 報告書の様式を定める
- 禁止事項の明確化
- 競合企業での兼業禁止
- 営業秘密の漏洩禁止
- 本業に支障をきたさない範囲内での兼業
- 勤務時間管理の方法
- 副業先の勤務時間報告書の提出
- 労働時間の記録方法
- 給与・保険料の取り扱い
- 社会保険料の計算ルール
- 源泉徴収の方法
- トラブル時の対応
- 兼業禁止事項違反時の処分
- 未申告の副業が発覚した場合の対応
副業・兼業契約書の作成
従業員が副業を始める際、「副業・兼業契約書」を取り交わすことが望ましいです。
【契約書に記載すべき内容】
1. 副業先の企業名、業務内容
2. 副業の勤務時間、場所
3. 本業の就業時間との重複がないこと
4. 労働時間の合計が法定時間内であることの確認
5. 競合企業での兼業でないことの確認
6. 営業秘密の漏洩禁止
7. 本業に支障をきたさないことの確認

勤務表の記録と管理
副業・兼業がある従業員については、本業と副業の勤務時間を一元管理することが重要です。
【記録すべき項目】
- 本業での出勤日時、退勤日時
- 副業での出勤日時、退勤日時
- 両社での総労働時間
- 残業の発生有無

【勤務表の例】
日付 | A社 | B社 | 合計時間 | 残業有無
─────────────────────────────
6/1(月)| 8時間 | 3時間 | 11時間 | あり(3時間)
6/2(火)| 8時間 | 3時間 | 11時間 | あり(3時間)
6/3(水)| 8時間 | 0時間 | 8時間 | なし
よくあるトラブルと対策:実務ケーススタディ
ケース1:残業代計算の誤り — 副業先が未払いになった
状況
- 従業員Cが、本業A社で月給250,000円(時給1,562円)
- 副業B社で時給900円、1日4時間、20日勤務(80時間/月)
- 総労働時間240時間(240時間を超過)

誤った対応
- B社が「B社の時給(900円)で残業代計算」→ 80時間 × 900円 × 1.25倍 = 90,000円
- 実は、A社の時給(1,562円)で計算すべき → 80時間 × 1,562円 × 1.25倍 = 156,200円
- 未払い額:66,200円
正しい対応
- B社が本業の時給を把握
- 本業の時給で残業代計算
- 従業員への正確な支払い
ケース2:社会保険料の二重加入
状況
- 従業員Dが複数企業で正社員級の勤務
- A社でも厚生年金加入、B社でも厚生年金加入(誤り)
リスク
- 保険料の過納
- 年金受給時の支払い二重計算
対策
- 副業申告時に「厚生年金加入状況」を確認
- 副業先(B社)に「既に厚生年金加入している旨」を告知
- B社は加入手続きを取らない
ケース3:競合企業での兼業が発覚
状況
- 従業員Eが営業職の本業
- 副業で「競合企業での営業職」を秘密で実施
- 営業ノウハウが流出していたことが判明

企業のリスク
- 営業秘密漏洩
- 取引先からの信頼喪失
- 競業避止義務違反(就業規則違反)
対策
- 副業申告時に「競合企業での兼業禁止」を明示
- 副業先企業名の確認
- 違反時の処分を事前に定める
給与計算システムでの設定方法
複数企業での勤務に対応したシステム設定
現在の給与計算ソフト(弥生給与、勘定奉行など)のほとんどは、副業・兼業に対応していません。
【対応が必要な項目】
- 他企業での勤務時間の登録
- 副業先での月間勤務時間入力機能
- 総労働時間の自動計算
- 本業 + 副業の時間合計を自動計算
- 残業代の自動計算
- 総労働時間が法定時間を超える場合、自動で残業手当計算
- 注記・警告機能
- 「この従業員は副業あり」という注記
- 給与計算者への警告表示
現状: ほとんどのシステムでは、手動での対応が必要です。
企業の実務チェックリスト
副業・兼業がある従業員を管理する場合、以下のチェックリストを確認してください。
【採用・勤務開始時】
- 副業・兼業申告書を提出させた
- 就業規則の「副業・兼業」条項を説明した
- 副業先企業名、勤務内容、時給を確認した
- 競合企業での兼業でないこと確認した
- 労働時間の合計が「1日8時間、週40時間」以内か確認した

【毎月の給与計算時】
- 本業と副業の勤務時間を正確に把握した
- 総労働時間を計算した
- 残業代計算が正確か(高い時給採用か)確認した
- 社会保険料が重複していないか確認した

【年末の年末調整時】
- 本業のみで年末調整を実施した
- 副業所得を従業員に通知した
- 確定申告が必要であることを従業員に案内した
法改正予定:今後の動向
2026年以降の副業・兼業ルール変更予定
厚生労働省は、副業・兼業についての法整備を進めています。予想される変更は以下の通りです。
【予想される変更点】
- 労働時間通算ルールの明確化
- 現在の運用ルールを法制化する可能性
- 残業代計算ルールの統一
- 副業先の負担ルールが明確化される可能性
- 社会保険料計算ルールの簡素化
- デジタル化に対応した新ルール
企業は最新の通達を注視し、随時システム対応を行うことが重要です。
よくある質問Q&A
Q1:本業と副業の「残業代」の合計が、本業の企業の負担になることはありますか?
A:いいえ。各企業が独立して残業代を計算・支払う仕組みです。本業が「全労働時間を管理する義務」はありませんが、従業員から「総労働時間が法定時間を超えている」という申告があれば、善意で対応することが望ましいです。
Q2:従業員が副業の勤務時間を報告してくれない場合、どうすればいいですか?
A:就業規則に「副業申告義務」を明記し、違反時の処分を定めておくことが重要です。ただし、過度な監視や強制は避けるべきです。
Q3:副業が「事業所得(自営業)」の場合、労働時間通算の対象になりますか?
A:いいえ。労働時間通算は「給与所得(雇用関係のある労働)」のみが対象です。自営業、フリーランスの場合は通算の対象外です。
Q4:複数の副業がある場合(A社本業、B社副業、C社副業の3社)、どうなりますか?
A:全企業の労働時間を合算します。B社とC社の時給が異なる場合、最も高い時給で残業代を計算します。
Q5:従業員が副業先を秘密にしている場合、法的責任はありますか?
A:本業の企業には「労働時間通算ルール」を従業員に周知する責任があります。秘密にされていたことについては、企業に法的責任はありませんが、発覚後は就業規則違反として対応できます。
🎯 副業・兼業の給与計算・労働時間管理について、企業担当者のお困りごと
副業・兼業の管理に対応する際には、以下のようなお困りごとが生じます。
- 「複数企業での残業代計算ルールが複雑で判断できない」
- 「社会保険料が重複していないか確認したい」
- 「給与計算システムにどう対応させるか」
- 「就業規則にどう書けばいいのか」
- 「従業員から「給与計算に誤りがないか確認したい」という相談を受けた」

これらは労働基準法、給与計算、社会保険の総合的な知識が必要です。
社会保険労務士法人とうかいでは、副業・兼業に対応した就業規則の整備、給与計算方法の確認、労働時間管理体制の構築などをトータルにサポートしています。
「副業・兼業の従業員がいて給与計算方法を確認したい」「残業代計算が正確か確認したい」「就業規則を整備したい」といった場合は、ぜひお気軽にお問い合わせください。


