会社設立後には、さまざまな書類の提出や資金計画の立案など、やらなければならないことが山ほどあります。
その中でも重要なのが「役員報酬の決定」です。
役員報酬を決める際にはさまざまなルールがあり、決定できる期間も決まっています。
とくに会社設立時は売り上げの見通しが立ちにくいので、慎重に予測を立て役員報酬を決めなければなりません。
そのためにも「役員報酬とは何なのか」を、事前に知っておくことが大切です。
この記事では、役員報酬の概要や給与との違い、役員報酬の決め方や注意点などについて詳しく解説いたします。
また、役員報酬の平均相場や確定申告、変更のタイミングなども紹介しますので、ぜひ参考にしてみてください。
社会保険労務士法人とうかい
執行役員 社会保険労務士 小栗多喜子
同社、人事戦略グループマネージャーを務め、採用・教育を担当する。商工会議所、銀行、Adeco,マネーフォワードなどセミナーや研修講師も精力的に行っている。労働法のアドバイスだけではなく、どのように法律と向き合い企業を成長させるのかという経営視点でのアドバイスを得意としている。
主な出演メディア
その他、記事の監修や寄稿多数。
取材・寄稿のご相談はこちらから
役員報酬とは、取締役や監査役、会計参与といった会社経営において責任を有する役職に就いている人に支払う報酬のことです。
従業員に労働の対価として支払う給与とは異なり、役員報酬は株主総会で決定し、毎月同じ額を支払います。
基本的に役員報酬決定から1年間は報酬金額の変更はできません。
これは節税につながる不正を防ぐためで、役員報酬の決定には他にもさまざまな厳しいルールが設定されています。
まずは、役員の概要や役員と社員の違い、役員報酬と給与の違いについて見ていきましょう。
役員とは、会社の重要な意思決定や会社の経営を動かす人のことです。
会社法(平成17年に会社を運営するために作られた日本の法律)における株式会社の役員とは、取締役・会計参与・監査役のことを指します。
ただし、会社法施行規則では執行役、会社法で「役員等」という場合には、執行役・会計監査人も含まれます。
株式会社とは資本を出資した株主のために経営するものであり、役員は株主の利益を上げるための代理人です。
よって、役員は会社の利益を上げることで役員報酬を得ることができますし、もし会社に損害をもたらした場合は損害賠償責任を負わなければなりません。
役員と社員の大きな違いは雇用形態です。
社員は会社と雇用契約を結ぶのに対し、役員は株主から会社経営を任せられ委任契約を結びます。
労働基準法第9条では、「事業または事務所に使用され賃金を支払われる者を労働者という」と定義されており、役員は労働者を使用する側にあたるため労働者には該当しません。
役員報酬は、取締役や監査役といった役員に対して支給する報酬のことです。
一方、給与は、企業と雇用契約を結ぶ従業員に対して労働の対価として支払います。
給与は全額損金として計上できるのに対し、役員報酬を全額損金に計上するには厳しいルールを守らなければなりません。
また、給与額は基本的に雇用主と従業員の双方が合意すれば変更できますが、役員報酬を自由に変更することは不可能です。
「役員報酬を受け取っているけど確定申告は必要?」と疑問に思う方も少なくないのではないでしょうか。
ここでは役員報酬の確定申告についてご説明します。
2ヶ所以上から役員報酬を受け取っている場合は確定申告が必要となります。
それぞれの場所で源泉徴収されるため、1ヶ所から同額の給与を得ている場合に比べて所得税が低くなるからです。
1ヶ所が従業員の給与、1ヶ所が役員報酬であっても2ヶ所以上となり、確定申告の対象となりますので気をつけましょう。
また、年末調整は1ヶ所の職場でしか受けられないので確定申告が必要となります。
ただし、2ヶ所以上から給与を得ている場合でも給与が一定額を下回った場合は、確定申告の必要はありません。
一定額とは以下の通りです。
次の6つの条件に1つでもあてはまる場合、いかなる場合でも確定申告が必要となります。
以上で紹介した確定申告の必要な条件は、役員だけでなく従業員にも関係する内容となっていますので、覚えておくとよいでしょう。
次に、取締役・会計参与・監査役・執行役・会計監査人について詳しく説明します。
各役員の役目についてもご紹介しますので、しっかり頭に入れておきましょう。
取締役とは、株主に代わって会社の重要な意思決定や監督を行う人のことで、代表取締役や取締役などがこれにあたります。
取締役は最低1名以上必要で複数選ぶことも可能であり、取締役会を設置する場合は3名の選出が必要です。
取締役と代表取締役の違いは代表権の有無で、取締役の中から会社の代表としての役割を担う人を代表取締役として選びます。
その際、代表取締役は1人でなければならないという決まりはなく、複数人も可能です。
ちなみに、社長=代表取締役ではありません。
社長とは、あくまでも社内順列をわかりやすくするために作ったもので、社員の中の最高責任者という意味です。
よって名刺などの肩書に「社長」とだけ書いてある場合、その人は代表取締役でも役員でもないこともあります。
代表取締役の場合、必ず「代表取締役」や「代表取締役社長」などと書かれていますし、会社のホームページや登記簿謄本には必ず代表取締役の名前が書いてあります。
会計参与とは、取締役と一緒に企業の計算関係書類などを作成する役割を担う機関です。
会計参与は株主総会に出席し、取締役の違法行為を報告したり意見したりする権限を持ちます。
会計参与に就くことができるのは、税理士・税理士法人・公認会計士・監査法人のいずれかのみです。
監査役とは、取締役が正しく業務を行っているかを監査・監督する機関のことです。
第三者的な立場の監査役がいることで、代表取締役の独断的な経営判断や不正を防ぐことが可能となります。
企業側のメリットとしては、監査役を設置することで企業経営の健全性や適正性を担保することができるので、株主や投資家から信頼を得やすいという点があります。
ちなみに、監査役はどの会社でも取締役より人数が少ないのが一般的で、大企業(資本金が5億円以上、あるいは負債の総額が200億円以上)や公開会社(株式の譲渡制限を持っていない会社)では監査役3名の選出と監査役会の設置が法令上義務付けられています。
ただし、非公開会社、取締役会非設置会社、会計参与設置会社の場合は監査役の設置は任意、委員会設置会社の場合は監査役を置くことができません。
執行役とは、指名委員会等設置会社(取締役の指名や役員報酬、役員の職務執行の監査に関して、それぞれ社外の取締役で委員会を設置した会社)において取締役会で決定した方針に従い、業務の執行を担当する役員のことです。
指名委員会等設置会社では、経営の透明性を高めるため経営全般を監督する取締役と業務を執行する執行役を分離しています。
ちなみに、似たような名称に「執行役員」というものがありますが、執行役とは立場が異なりますし法的根拠もありません。
執行役員とは1976年にソニーが作った制度で、業務執行を行うという点では執行役と担う役割は同じですが、立場が異なります。
執行役員は、社長や部長などと同じ役職名の1つで、従業員の1人であり役員ではありません。
会計監査人とは、会社の外部から会計監査を行う機関のことで、監査法人または公認会計士のみが就任可能です。
会計監査人は会社法上の役員ではありませんが「役員等」に含まれます。
会計監査人の報酬は、定款あるいは株主総会で定める必要はありません。
会計監査人の報酬は、会社と会計監査人との間の合意によって決定されます。
役員報酬を決める流れや時期にはルールがあります。
これは、役員報酬が不正な節税に利用される可能性があるからです。
ルールを守らなかった場合、法人税に加えて源泉所得税などの追徴課税がされることもあり、会社にとっても大きな損失となってしまいます。
このようなリスクを避けるためにも、役員報酬を決める流れや時期を理解しておくことは重要なのです。
そこでまずは、役員報酬を決める流れや時期について見ていきましょう。
役員報酬は、会社法で「定款または株主総会の決議によって定める」となっています。
流れは以下の通りです。
この際、役員報酬を損金に計上するための根拠資料として株主総会や取締役会の議事録をそれぞれ作成する必要があります。
議事録は税務調査の際に必要となる場合もありますので、しっかり作成し残しておきましょう。
役員報酬は、会社設立後もしくは事業年度開始日から3ヵ月以内に決めなければなりません。
もし、役員報酬を3ヵ月以内に決めなければ損金(法人税法上の原価、費用、損失のこと)に算入できなくなるので、所得が多くなり納税額も多くなってしまいます。
また、一度決めた役員報酬は会社設立時もしくは事業年度開始日3ヵ月以内であれば一度だけ変更可能ですが、それ以外は年度内には変更できないので注意が必要です。
とくに、会社設立時は売り上げの見通しが立ちにくいので役員報酬を決めるのは難しいかもしれませんが、税金に大きく関わるので慎重に検討し対応しましょう。
健康保険・厚生年金保険の適用・非適用についても役員報酬が関わってきます。税法上のことについては税理士の方にご相談いただくことになりますが、社会保険についてご不明点のある方はご相談ください。
先ほど、役員報酬を会社設立後もしくは事業年度開始日から3ヵ月以内に決めなければ損金に算入できなくなると説明しました。
では、損金に算入できる役員報酬とはいったい何なのでしょうか?
結論からいいますと、損金算入できる役員報酬には「定期同額給与」「事前確定届出給与」「業績連動給与」の3種類があります。
それぞれについて詳しく解説していきましょう。
定額同額給与とは、毎月同額で支払う報酬のことで、税務署への特別な届出は必要ありません。
たとえば、3月が決算時期の会社の場合、4月から翌年の3月までの12ヵ月間、支給額が同じである給与のことをいいます。
あらかじめ給与を決め、それを毎月付与することで役員報酬を損金として算入することができます。
ただし、会社設立後もしくは会社の決算時期から3ヵ月以内であれば変更は可能ですので、自社の業績見込みを正確に行い、最適な金額を設定することが大切です。
本来なら原則として役員の賞与は損金算入できませんが、あらかじめ税務署に届出の提出を行っておけば役員報酬も損金算入可能です。
この制度を事前確定届出給与といい、届出書に記載した対象者、支給金額、支給日の内容通りに支給すれば損金として算定されます。
税務署への届出提出期限は、「株主総会などの決議をした日から1ヵ月以内」もしくは「会計期間開始日(事業年度開始日)から4ヵ月以内」のいずれか早い方と定められているので注意しましょう。
業績連動給与は、その名の通り会社の利益に応じて役員報酬が決まります。
平成29年度の税制改正以前は「利益連動給与」と呼ばれ、対象は非同族法人の業務執行役員のみでした。
しかし税制改正後は適用範囲が拡充され、同族会社(会社の株式または出資金の一定割合以上について親族など同族と認定される人が出資をしている会社のこと)であっても非同族法人の完全子会社なら役員の業務連動給与の適用が可能となったのです。
企業の業績が向上すれば役員の給与も増額するので、経営層が中・長期的な視点で企業価値の向上を目指すようになるというメリットがあります。
成果主義の企業では、インセンティブ(刺激、動機、報酬のこと)付与の手段として業績連動給与を導入する企業も多いです。
ただし、業績連動給与を損金計上するには次の3つの要件などを満たさなければなりません。
業務連動給与は法律や手続きが複雑という点や、中には給与の算定方法の開示がネックとなり導入を渋る企業も多いといわれています。
しかし、終身雇用や年功序列などの制度が崩壊したといわれる日本企業において、中・長期的な業績向上や攻める経営につながる起爆剤とも推測されており、業務連動給与をはじめとする株式報酬プランの導入検討を行う価値はあるといえるでしょう。
続いては、役員報酬を決める際のポイントについてご紹介します。
役員報酬を決める際には、バランスや状況を見極め予測することが大事になりますので、しっかりポイントをおさえておきましょう。
役員報酬を決めるには、事前に会社の規模別による役員報酬の相場を知っておくことも重要です。
今後独立し、会社を設立予定の方は、役員報酬を決める際の指標にもなりますのでぜひご覧ください。
国税庁が行った調査によると、2020年度の民間企業役員の資本金別の役員報酬の平均は以下のようになっています。
資本金 | 男性 | 女性 |
---|---|---|
2,000万円未満 | 6,493,000円 | 3,673,000円 |
2,000万円以上 | 9,016,000円 | 4,677,000円 |
5,000万円以上 | 10,563,000円 | 5,971,000円 |
1億円以上 | 12,515,000円 | 5,575,000円 |
10億円以上 | 12,680,000円 | 5,106,000円 |
これによると、資本金が高くなるにつれて役員報酬も上がることがわかります。
また、女性の役員報酬は男性の役員報酬の約半分ほどしか貰えていませんが、理由の1つに中小企業などにおいて社長の妻が役員報酬を受け取っている場合が多いとの考察があります。
こちらの資料はあくまでも指標ではありますが、役員報酬を決める際の1つの基準として利用するとよいでしょう。
また、定期的に役員報酬の調査は実施され更新されますので、最新の情報をチェックし、相場観を知っておくことをおすすめします。
役員報酬は毎月同じ額を支払うことで損金算入することができるため、基本的に事業年度途中の変更はできません。
それでもやむを得ない理由により役員報酬の変更が必要となったらどうすればよいのでしょうか?
そこでここからは、事業年度途中に役員報酬を変更する方法やその際の注意点、役員報酬が変更可能なタイミングついて詳しく説明します。
事業年度途中に報酬額を変えるためには、臨時株主総会を開き、議事録に役員報酬変更の決定を記録する必要があります。
役員報酬金額が定額の場合には、税務署への届出はいりません。
記事前半で説明しましたが、役員報酬は会社設立時もしくは事業年度開始から3ヵ月以内であれば一度だけ変更することができます。
ただし、資金繰りがうまく行かず、やむを得なく役員報酬額を変更しなければならない場合は減額が可能です。
役員報酬の変更を認められている特定の理由以外で役員報酬を増やしたときは、増額分の損金算入は認められていないので注意が必要です。
特定の理由なしに変更可能時期以外に増額した分には、法人税だけでなく個人の所得税がかかることになります。
2重課税となり会社としても役員個人としても損をするので、よほどのことがない限りやめておいた方がよいでしょう。
「従業員が新しく役員になった」「外部の人間を役員にした」など組織の変更により新しく役員になった場合は、事業年度の途中でも役員報酬の増額が可能です。
損金に計上することもできます。
取締役から代表取締役に上がったなど、役員の中での役職のランクが上がった場合も役員報酬の増額ができます。
ただし、役員報酬の増額目当てで名義だけを変えることは、税務署から不正とみなされるのでやめましょう。
経営状況が悪化した場合には、役員報酬を減額することが可能です。
ただし、第三者(株主、債権者、取引先等)に影響を及ぼす状況でなければなりません。
第三者と協議する際は、その内容を記録しておきましょう。
「役員が退職した」「役員が病気などの理由で業務を行えなくなった」など役員でなくなった場合、役員報酬を減額することができます。
「役員から従業員に戻った」「代表取締役から取締役に変更になった」など、役職のランクが下がった場合も役員報酬の減額が可能です。