『IT業界』は、情報通信産業と呼ばれ、現代社会で欠かせない産業のひとつです。大企業からベンチャー・スタートアップ企業まで規模もさまざまですし、ソフトウェア、ハードウェア、通信インフラ、webサービスといった携わるサービスも、ありとあらゆるものがあります。一言で『IT業界』といっても、幅広いものなのです。今回は、『IT業界』をもう少し深く掘り下げ、業界特有の人事労務に関する問題・課題に注目してみましょう。企業がどんな労務トラブルに備え、対応していくべきか、社会保険労務士が丁寧に解説していきます。
社会保険労務士法人とうかい
社会保険労務士 小栗多喜子
これまで給与計算の部門でマネージャー職を担当。チームメンバーとともに常時顧問先350社以上の業務支援を行ってきた。加えて、chatworkやzoomを介し、労務のお悩み解決を迅速・きめ細やかにフォローアップ。
現在はその経験をいかして、社会保険労務士法人とうかいグループの採用・人材教育など、組織の成長に向けた人づくりを専任で担当。そのほかメディア、外部・内部のセミナー等で、スポットワーカーや社会保険の適用拡大など変わる人事労務の情報について広く発信している。
主な出演メディア
・NHK「あさイチ」
・中日新聞
・船井総研のYouTubeチャンネル「Funai online」
社会保険労務士 小栗多喜子のプロフィール紹介はこちら
https://www.tokai-sr.jp/staff/oguri
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『IT業界』と聞くと、GAFAのようなグローバル企業をイメージされることも多いでしょう。といっても、各社それぞれ事業の基軸は異なります。ハードウェアであったり、ネットビジネスであったりと、さまざまな事業展開がされています。それは、日本における『IT業界』であっても同様です。そして、同じ『IT業界』と言われるものであっても、事業の基軸は何か、BtoBかBtoCであるかなど、ビジネスモデルによっても、その企業に働く人たちの働き方、伴う人事労務問題や課題も異なります。まずは『IT業界』とは何か、いくつかの事業や職種に分類し、理解を深めていきましょう。
『IT業界』でイメージしやすいのが、ネット・webサービスではないでしょうか。BtoBとしては、ネットワーク構築やネット広告事業といった事業を行う企業があります。一方、BtoCであれば、SNS、ネットショップ、ポータルサイトなどの事業を担う企業があります。職種については、ネット環境構築のエンジニアやプログラマ、webディレクター、webデザイナー、webライター、広告営業など幅広い職種があります。大企業からスタートアップまでに、かなり企業規模には差があるのが特徴です。雇用形態も、正社員から契約社員、フリーランスまでと幅広く活躍しています。パソコンやネット環境が整えば、どこでも仕事が可能なケースが多いため、在宅ワークを導入している企業も、一般事業会社より多いかもしれません。
「ネット・webサービス」にはどんな企業がある?
Amazon Google Facebook(meta) Apple Yahoo!JAPAN 楽天 GMO LINE Alibaba ASKUL Netflix Spotify IMJ UberEATS Airbnb freee |
「ネット・Webサービス」で活躍している人たち
Webディレクター Webシステムエンジニア プログラマ インフラエンジニア AIエンジニア Webデザイナー 広告営業 コンシューマー営業 ネットワーク保守 |
SIサービスも『IT業界』の主軸を担うものの一つです。SIとは、System Integration(システムインテグレーション)の略で、顧客の使用する情報システムの企画・設計、開発、構築、運用保守などを請け負うサービスです。主な顧客は、企業や行政。BtoBのサービスをメインとしています。顧客の業務において現在の問題や課題を分析し、要件定義から業務効率化や生産性向上といった課題の解決を行うシステム開発までを一貫して請け負うような企業を、SIerと呼びます。SIerは、よく“ピラミッド構造”“ITゼネコン”とも言われ、その特徴を表しています。SIerをもう少し詳しくみてみましょう。
SIerのピラミッド構造、ITゼネコンと呼ばれる所以とは?
SIer業界では、“ピラミッド構造”“ITゼネコン”と表現されることが多くあります。それは多くのSIerは、顧客である企業や官公庁などから、ITシステムの開発を受託する場合、子会社や下請け企業、孫請け企業に、業務を委託するケースが多いことがその要因です。
元請けSIerは、上流工程である要件定義、基本設計・システム設計を携わることとなり、直接顧客からの発注を請けることになるため、当然ながら報酬も高くなります。しかしながら、大規模プロジェクトなどの場合には、元請けSIerだけでは対応しきれないケースも多くあります。その場合には、元請けSIerから下請けSIerへ仕事が発注されることになります。さらに、孫請けSIerや小規模企業のエンジニアやフリーランスのエンジニアなどに発注されるケースもあります。
ピラミッドの上流工程から下流工程に行くにしたがって、マージンが取られていくことになりますので、下流に行けばいくほど、報酬が低くなっていくという構造なのです。下流工程の報酬が低くなれば、当然ながらそこで働くエンジニアへの報酬も低くなっていくことが予想されます。労働環境においても、低い報酬の中でやりくりをしようとした結果、無理な状況で案件を進めたり、長時間労働が発生するケースも多く発生しました。人材不足やコスト抑制のために、海外でのオフショア開発を利用するケースもありますが、海外であっても人件費は上がっていますし、QCDが担保できないといった課題も生じています。
「SIサービス」にはどんな企業がある?
日本IBM 富士通 日立製作所 NTTデータ 日本ユニシス アクセンチュア アビームコンサルティング Microsoft 日本オラクル 野村総合研究所 SCSK 富士ソフト Cisco SAP日立ソリューションズ 【SIerのなかでも、特徴ごとに分類されます】 ○メーカー系SIer パソコンや周辺機器などを製造するメーカーから独立した場合やグループ企業のSIerです。基本的には、親会社の下請けとしての案件を行う場合が多いでしょう。社名に親会社や関連会社のメーカー名がついていることが多くあります。
○ユーザー系SIer 親会社の情報システム部門が独立した場合やグループ企業のSIerです。多くは、商社や金融といった業種の親会社の案件を行う場合が多いでしょう。メーカー系同様、親会社や関連会社の社名が頭についているケースが多くあります。 ○外資系SIer グローバル企業で海外が本拠地の日本法人のSIerです。多くは大規模システム案件等に関わるケース、コンサルティング、日本でのソリューション展開となります。 ○独立系SIer 親会社など出資関係なく、独自に経営を行いシステム開発やソリューションを展開するSIerです。親会社やグループ案件にこだわらず、独自の案件に携われることが強みです。 |
「SIサービス」で活躍している人たち
ITコンサルタント システムエンジニア セールスエンジニア データアナリティクス AIエンジニア |
ソフトウェアサービスは、PCやタブレットなどさまざまなデバイスで利用するためのアプリケーションソフトの開発サービスです。ひと昔前は、会計ソフト、給与ソフト、画像処理ソフトなどパッケージソフトを開発したり、販売したりといった企業のサービスを指すものでした。最近では、クラウドが主軸になってきたこともあり、クラウド上で操作するためのアプリケーションを開発したりと、Webサービスと密接に関わったサービスとなっています。また、その開発種類も企業向けの業務ソフトウェアから、一般ユーザー向けのゲームソフトウェアまで幅広く展開されており、企業によってその強みは異なります。
「ソフトウェアサービス」にはどんな企業がある?
Microsoft トレンドマイクロ Google DeNA NTTDocomo ソフトバンク Zoom Salesforce |
「ソフトウェアサービス」で活躍している人たち
システムエンジニア プログラマ オペレーター データアナリティクス AIエンジニア Webディレクター Webシステムエンジニア Webデザイナー サポートデスク |
ハードウェアサービスは、PCやタブレット、周辺機器などさまざまな製品や回路装置、機械設備を作るサービスです。工場の製造機械や重機に組み込むプログラムの開発なども手掛けるケースもあります。最近では、家電などのIoT化やAI活用も進んでおり、『IT業界』とその他業界の明確な区分は難しく、垣根がなくなっている部分もあります。
「ハードウェアサービス」にはどんな企業がある?
Apple Samsung Panasonic Dell IBM 三菱電機 日立製作所 |
「ハードウェアサービス」で活躍している人たち
システムエンジニア プログラマ オペレーター データアナリティクス AIエンジニア セールスマーケティング ハードウェアエンジニア 組み込みプログラマ 商品デザイナー 商品開発 |
『IT業界』は、明確な範囲がある業界ではありませんが、とくにSIサービス、ソフトウェアサービスにおいては、業界特有の“ピラミッド構造”“ITゼネコン”とも言われるビジネスモデルがあります。ウォーターホールと言う水の流れのように、上流工程から下流工程に仕事が流れていくビジネスモデルでは、より下流に報酬のしわ寄せや納期へのプレッシャーを負担させることになりかねません。もちろん、ビジネスですから、元請け会社がさらに下請けの会社に仕事を委託するのはよくあることです。しかしながら、『IT業界』は久しく人材不足の状況下であるものの、納期はタイト、今現在いる人材でなんとか仕事を回す、そのためには長時間労働や納期プレッシャーなどの高負担が続く、という悪循環となっています。
このような『IT業界』特有の慣習は、労務トラブルが生じるリスクを大きく抱えています。業としてこの労務トラブルをどのように防止するかは、経営課題でもあります。
『IT業界』において、多くのシステムエンジニアやプログラマが悩みとしてあげるのが、“長時間労働問題”
孫請けのSIerなどの場合、納期が厳しく、加えて人材不足などによって時間外労働・休日労働が多く発生するケースが後を断ちません。エンジニアは残業が当たり前といった業界風土も要因の一つであるでしょう。元請け企業からの無理な条件のまま案件を進めたことによって、システムトラブルが発生したり、納期遅延を引き起こしたりするケースが多々あります。そのトラブルを回避・改修しようと、さらに残業を続けるとはよくある話です。
エンジニアやプログラマといった職種でよく導入されるのが「裁量労働制」です。一定の専門性のある職種は、定められた時間を働いたとみなす制度ですが、みなし時間を大幅にこえているにも関わらず、サービス残業をさせているといったトラブルもあります。
裁量労働制や固定残業代を支給している企業であるのが、未払い残業手当のトラブルです。例えば、固定残業代として毎月30時間分の手当を支払っているものの、実際には毎月80時間の残業をしていたケース。固定残業を支払っているからといって、残業代を支払わないのは違法です。80-30=50時間分の残業手当を支払う必要が生じますが、支払われていないというトラブルも多くあるのです。また、そもそも36協定時間に違反している、という場合もあります。
『IT業界』の労務トラブルとしてよく取り上げられるのが、メンタルヘルス不調です。長時間労働の多い『IT業界』で働く人々は、メンタルヘルス不調を訴えるケースが多くあります。長時間労働として月80時間以上の残業は、脳・心疾患、精神障害など健康に影響が出るとも言われています。しかし、『IT業界』で働くエンジニアなどの中には、“80時間の残業くらいは当たり前”になっていることもあります。終電まで残業、徹夜は当たり前では、肉体的な負担はもちろん、うつ症状、不安障害などメンタルヘルスの不調が出てもおかしくありません。一旦、メンタルヘルス不調をこじらせてしまうと、長期の休職や離職といったことにもつながります。
『IT業界』は、今後もさらに変化していく業界です。大企業のみならず、スタートアップ企業も多くある業界で、業界変化のスピードも速く、その変化に合わせて、労務上のリスクに対応しておかなければ、後々大きなトラブルに発展しかねません。
変化の大きな業界といえども、必ず押さえておきたいポイントがあります。
まずは、自社の労務リスクがどの程度あるのか、傾向は何かを探ること、このポイントをしっかり押さえておかなければなりません。付け焼き刃でトラブルが発生する都度、対応していたのでは、いずれ大きなトラブルに発展します。まずは労務監査などを行い、会社の労務上のウィークポイントの洗い出しを実施しましょう。
現状のリスクが把握できたら、対応の検討です。労務リスクを極力減らすための対策、施策を検討します。
現状の労務リスクに対応するために、法律を遵守した規程をしっかり作成しておきましょう。変化が早い業界にも関わらず、何年も就業規則を見直していないといった場合には、必ず見直しが必要なはずです。
『IT業界』は、テレワークが進んでいたり、フレックスや裁量労働で働いている人も多い業界です。また、客先常駐で勤務している場合には、働きぶりが逐一確認できないこともあります。労働時間の把握やマネジメントが難しい業界ともいえます。結果、長時間労働やそれに伴うメンタルヘルス不調なども発生しがちです。IT業界という強みを生かし、ITというツールを使った、従業員の状況把握、マネジメントなど課題解決の可能性もあるはずです。
『IT業界』は、変化の激しい業界です。そこに働く従業員にも、常に進化するIT技術を身につけたりとスキルアップも求められていきます。会社として、どのように従業員をサポートしつつ、会社として成長していくかは両輪で必要なことでしょう。しかしながら、その変化のスピードに自社の人事労務部門だけで対応していくには、難しい部分もあるのではないでしょうか。そこで、外部のリソースを活用しながら、変化に対応しつつ、労務リスクをいかに低下させるかといった視点が重要になります。そのためには、『IT業界』および『人事労務』両方の知見のあるプロフェッショナルとして社労士に相談してみることをおすすめします。
当社では、ITに詳しい社労士が揃っております。ぜひお気軽にご質問・ご相談ください。