ここ数年で働き方の多様化が大きく進み、会社の組織としてのあり方も変わりつつあります。さまざまな働き方が認められ働きやすくなる一方で、「管理職」の負担増加について問題になることも多くなってきました。
部下のマネジメントに加え、プレイングマネージャーとしての役割や成果を求められることはもちろん、コンプライアンス遵守など、さまざまな課題が、管理職の双肩に重くのしかかっています。
「名ばかり管理職」という言葉も広く知られるようになり、管理職が必ずしも労働基準法上の「管理監督者」に該当しないことから、未払い残業代問題が話題になることもあります。
この管理職・管理監督者に関する問題は、一体どんなものでしょうか。
今回は、管理職と労働基準法における「管理監督者」や「管理職との違い」そしてその未払い賃金について解説していきます。
社会保険労務士法人とうかい
執行役員 社会保険労務士 小栗多喜子
同社、人事戦略グループマネージャーを務め、採用・教育を担当する。商工会議所、銀行、Adeco,マネーフォワードなどセミナーや研修講師も精力的に行っている。労働法のアドバイスだけではなく、どのように法律と向き合い企業を成長させるのかという経営視点でのアドバイスを得意としている。
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管理職は、一般的に“マネージャー””課長””部長”“店長”など、名称の如何にかかわらず、会社組織の全体または一部を管理する役職のことを指しています。とくに法律で規定されている言葉ではありません。一方で労働基準法が定める「管理監督者」とは、厳格に定義があり、管理職と必ずしも同じではありませんので、注意が必要です。
管理職が、会社組織によって名称も異なれば、責任範囲や権限程度も異なるものであるのに対して、「管理監督者」とは労働基準法で定義が規定されています。
労働時間等に関する規定の適用除外
この章、第6章及び第6章の2で定める労働時間、休憩及び休日に関する規定は、次の各号の一に該当する労働者については適用しない。
この「管理監督者」とは、
一般的には部長、工場長など労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にあるものの意であり、名称にとらわれず実態に即して判断すべきもの
とされています。(昭63.3.14 基発第150号)
このように、この労働基準法第41条2号に該当する「監督若しくは管理の地位にある者」、つまり「管理監督者」は、“労働時間等に関する規定の適用除外”となり、労働時間・休憩・休日に関する労働基準法上の規定の適用を受けないことになります。
なぜなら、「管理監督者」は、経営者と一体的な立場であることから、自分の労働時間について大きな裁量権を有しているはずであり、労働基準法の労働者保護がなじまないといった意味合いがあるからです。
したがって、「管理監督者」については、通常の労働者とは異なる取り扱いがされているのです。具体的にどのようなことかみていきます。
「管理監督者」の労働時間・休憩・休日については、以下の事項が適用除外とされています。そのため、管理監督者は、1日8時間を超えて勤務や休日勤務を命じられることもありますが、会社は時間外労働や休日労働の割増賃金を支払う必要はありません。通常の労働者であれば、労働基準法違反となるところですが、「管理監督者」の場合には、その部分に限りですが、労働基準法違反には該当しないことになります。
法定労働時間1日8時間、1週40時間を超えて労働させてはならない(休憩時間を除く)
1日6時間を超える場合は45分、8時間を超える場合は1時間以上の休憩を与えなければならない
毎週少なくとも1日の休日(法定休日)を与えなければならない
法定労働時間を超え、法定休日に労働させた場合は、所定の割増賃金を支払わなければならない
「管理監督者」にも適用されるポイントもしっかりおさえておきましょう。とくに、時間外労働・休日労働に対する割増賃金の適用がないことから、深夜労働についても適用除外と誤解されている場合も多いので、注意が必要です。
午後10時から翌日午前5時まで労働した場合は、深夜割増賃金を支払わなければならない
勤続年数に応じて所定の年次有給休暇を付与しなければならない
「管理監督者」と認められる要件は、かなり厳しいものです。管理監督者は、前述のとおり、「一般的には部長、工場長など労働条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にあるものの意であり、名称にとらわれず実態に即して判断すべきもの(昭63.3.14 基発第150号)」とされています。
会社によっては、管理職=管理監督者ではないケースも多いでしょう。この管理監督者として認められる要件とは、どのようなものなのか、自社の管理職の定義・役割と照らして、労働基準法上の「管理監督者」に該当するか確認してみましょう。
「管理監督者」に該当するには、「経営者と一体の立場にあり、企業全体の経営に関与していること」とされています。経営と一体の立場ということから、人材採用や、部下の人事考課の権限を持っているなど、経営者から重要な責任と権限を委ねられている必要があります。
したがって、「部長・課長」といった役職であっても、裁量権が少なく、経営方針や経営者の指示を部下に伝達するだけだったり、都度上司の決裁・承認が必要であったりとするようなケースは、「管理監督者」にはあたりません。また人材採用などにおいても、面接は行うが、採用の決定は経営者が行うといった場合も、権限を有しているとは言えないので、「管理監督者」にはあたりません。
「管理監督者」は、労働基準法第41条にあるように、労働時間等に関する規定の適用除外とされています。簡単にいうと、管理監督者は、出退勤について管理を受けないということです。労働時間の制約を受けず、自分自身で勤務時間についての裁量性が認められていることが必要です。経営者と一体的な立場にあるということは、労働時間の制約を受けずに活動せざるを得ないほどの重要な職務であるという意味合いです。始業に遅れたからと、遅刻扱いをされたり、決まった時間に出退勤をしなければならない、といった場合は、該当しません。
「管理監督者」は、その職務の重要性から、年収やその他の待遇において、その役職にふさわしい待遇がなされていなければなりません。このため、一般の従業員とあまり差のない待遇である場合には、「管理監督者」とは言えないでしょう。役職手当が付与されているからといって、一般の従業員と数千円の差であったり、残業代を含めたら部下のほうが給与が高かったというのでは、「管理監督者」としての待遇がなされているとは言えません。
労働基準法上の「管理監督者」とみなされるためには、これらの要件を満たすことが必要です。
会社によって管理職の定義はさまざまです。実態としてどのように機能しているかを、きちんと確認しておくべきでしょう。要件を満たさないにも関わらず、名目上「管理監督者」として扱われてしまう場合、「名ばかり管理職」として、トラブルにもなりかねません。
小売業や飲食店業など多くの店舗を展開して事業を行っている企業においては、各店舗に店長を配置し、管理監督者(管理職)として運営しているケースが多くあります。しかしながら、店長に十分な権限や相応の待遇などを与えていないにも関わらず、管理監督者として取り扱う事案が問題視されています。
そのため、管理監督者に該当するかどうかの判断にあたって、厚生労働省より判断基準が公開されています。以下のチェックリストを参考にチェックしてみましょう。
これらの事項に該当する場合には、管理監督者性が否定される可能性が大きい要素です。ただし、これらの要素に当たらないからといって、直ちに「管理監督者」として認められるわけではありません。
職務内容、責任、権限についてチェックしてみる | ||
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採用 | 店舗に所属するアルバイト・パート等の採用(人選のみを行う場合も含む)に関する責任と権限が実質的にない場合 | |
解雇 | 店舗に所属するアルバイト・パート等の解雇に関する事項が職務内容に含まれておらず、実質的にもこれに関与しない場合 | |
人事考課 | 人事考課(昇給、昇格、賞与等を決定するため従業員の業務遂行能力、成績を評価するもの)の制度がある企業で、その対象となる部下の人事考課事項が、職務内容に含まれておらず、実質的にもこれに関与しない場合 | |
労働時間の管理 | 店舗におけるシフト表の作成、残業の命令を行う責任と権限が実質的にない場合 |
勤務スタイルについてチェックしてみる | ||
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遅刻、早退 | 遅刻早退により減給の制裁、人事考課でのマイナス評価など不利益な取り扱いがされる場合 | |
労働時間の裁量 | 営業時間中は店舗に常駐しなければならない、あるいはアルバイト・パート等の人員不足に応じて自ら従事しすることにより、長時間労働が発生しているなど、労働時間に自らの裁量がほとんどない場合 | |
部下の勤務形態との比較 | 管理監督者としての職務も行うが、労働時間の規制を受ける部下と同様の勤務形態が、労働時間の大半を締めている場合 |
賃金など待遇についてチェックしてみる | ||
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基本給、役職手当 | 基本給、役職手当などの優遇措置が十分でなく、労働者保護に欠けるおそれがあると認められる場合 | |
賃金総額 | 1年間に支払われた賃金総額が、勤続年数、業績、専門職等の特別の事情がないにもかかわらず、一般従業員の賃金総額と同程度以下である場合 | |
時間単価 | 実態として長時間労働となった結果、時間単価に換算した賃金額が、店舗に所属するあるばいと・パート等の賃金額に満たない場合 |
「管理監督者」として認められなかったら、どうなるのでしょう。いくら会社の肩書があっても、客観的に経営者と一体的立場の「管理監督者」として認められない場合は、一般の従業員と変わりません。実労働時間に応じて、時間外労働や休日労働の割増賃金の支払いが発生します。管理職に従事する従業員が“自分は管理監督者としての裁量も権限もない、待遇もない”などとして、未払いの残業代を請求するケースも増えています。
「名ばかり管理職」について広く知られるようになったとはいえ、まだまだ「従業員を管理職にすれば、残業代を支払わなくてよいので、人件費を抑えることができる」という認識の会社があるのも実情です。
労働基準法上の「管理監督者」に該当するかどうかについては、定義や要件があっても、個々の会社の実情に応じて判断する部分も多く、曖昧なまま組織運営をしている会社も多いかもしれません。とくに従業員の少ない小さな会社では、経営者がトップダウンで指揮することも多く、管理職とはいえ、「管理監督者」として該当することは少ないのではないでしょうか。
いざ裁判になってからでは、 問題も大きく、「管理監督者」としての該当が否定されれば、割増賃金の支払いが、会社の経営に大きな影響を及ぼすこともあります。
「管理監督者」は、労働時間等に関する規定の適用除外とされていることから、労働時間の制約を受けず、自分自身で勤務時間について裁量性が認められています。そのため、従来、会社は「管理監督者」の従業員の労働時間についての把握は、義務化されていませんでした。
※従前からも深夜労働に関しては、深夜割増の支払いが必要なため把握が必要。
しかしながら、一般従業員と職務内容が変わらない、もしくは負担が重くなっている管理職の過重労働が発生したり、「名ばかり管理職」の残業請求が増加したりと、多くの問題が明らかになってきました。
そこで、その解決もあり、厚生労働省が、2019年4月から「管理監督者」の勤務状況の把握を義務づけました。これにより、法定労働時間や休日労働などの規制の適用を受けない「管理監督者」も、労働時間の把握を行う必要があります。
会社は労働基準法109条により、従業員の労働時間の記録に関する書類を3年間保存することが義務付けられています。さらに2019年4月からは、管理監督者の労働時間も把握することが義務付けられました。
厚生労働省が発表している「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」では、労働時間の把握するために、以下の事項を明記しています。
会社は、労働時間を適正に把握するため、従業員の労働日ごとの始業・終業時刻を確認し、これを記録すること
会社が始業・終業時刻を確認し、記?する方法としては、原則として次のいずれかの方法で行うこと
・会社が、自ら現認することにより確認し、適正に記録すること
・タイムカード、ICカード、パソコンの使用時間の記?など客観的な記?を確認し、適正に記?すること
始業・終業時刻の記録については、Excelなどを利用し、従業員本人が記録する自己申告を行っている会社もあるでしょう。しかしながら、自己申告制は従業員の適正な申告を前提としています。会社は、従業員が実際の勤務時間が自己申告を超えている状況を引き起こさないよう、常に調査等を行って把握を行う必要があります。このような勤務時間の把握が、管理監督者についても義務化されました。
労働契約法において、「使用者は、労働契約に伴い労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と安全配慮義務を定めています。当然ながら、この労働者に「管理監督者」も含まれます。
また、労働基準法では長時間労働の防止のために、2019年4月の改正で、時間外労働について1か月100時間未満、2〜6ヶ月の月平均では80時間未満、月45時間を超える時間外労働は年6回までという規制がなされるようになりました。
「管理監督者」は労働基準法による労働時間や休日労働の規制は受けませんが、長時間労働による健康障害や過労死が生じた場合には、企業はその責任を問われます。「管理監督者」の従業員を含めた労働時間の把握が義務化されることによって、時間外労働が月80時間以上となっていることが判明した場合には、産業医の面接指導を受けさせなくてはなりません。
産業医による面接を怠った場合には50万円以下の罰金が生じるケースもあります。
従業員本人からの申出があった場合はもちろんですが、会社側が把握している労働時間に基づき、必要に応じて面接指導の受診をすすめていくことが、安全配慮の観点からは望ましいでしょう。
管理職と「管理監督者」をめぐるトラブルには、細心の注意が必要です。
ご説明してきたように、会社組織の管理職と労働基準法で規定する「管理監督者」は、必ずしもイコールではありません。本来、「管理監督者」の定義・要件は厳格であるにもかかわらず、労働基準法第41条の「監督若しくは管理の地位にある者」に該当することから、管理職には残業代を支払わなくてOKとしている会社が多くあります。そうした背景から、管理職の従業員が未払いの残業代を請求するケースが増えています。管理職に就いていても、相応の権限や待遇がなされていない「名ばかり管理職」も問題となることが多く、「日本マクドナルド事件」(H20.01.28東京地裁 )をはじめ、裁判に発展した事例も数多くあります。
裁判で「管理監督者」を否定された場合には、最大2年間遡及して残業代を支払わなくてはなりません。管理職として従事している従業員は、長時間労働となっているケースが非常に多いのも特徴で、基本給も一般従業員に比べて高額であるため、「管理監督者」を否定された場合には、支払額が高額になることも多いでしょう。
※2020年4月以降に発生した未払い賃金に関して、時効は3年間です。
「管理監督者」に該当しないと判断されたケースは、どのようなものがあるのでしょうか。過去の裁判では、「管理監督者」の該当性が否定され、残業代の支払いを命じられているケースが多くあります。代表的な裁判例が、「日本マクドナルド事件」です。
「名ばかり管理職」の言葉が広く知られるきっかけともなったケースなので、報道などでご存知かもしれません。マクドナルドに勤務する従業員が、店長という肩書を与えられ、管理監督者として扱われていましたが、店長に管理監督者性が認められず、残業代など約750万円の支払いが命じられた判例です。
【従業員の役職】
マクドナルド直営店の店長
【管理監督者とされなかったポイント】
・店舗の人員採用やシフトの決定などの重要な職務を担っているものの、経営者と一体的な立場で経営に関わる重要な職務と権限を付与されているとはいえない
・勤務実態として、月100時間を超える残業があるなど、労働時間に裁量があるとはいえない
・管理監督者としての十分な賃金が支給されていない
いかがでしたでしょうか?管理監督者として会社内で扱っていても、管理監督者性が問われ、結果として未払い残業を請求されるケースは後を絶ちません。
肌感としては非常に増えています。新型コロナウイルスの影響で経済状況がよくないということも一つの要因ですが、労働者側の労働法に関するリテラシーが上がっていることも要因のひとつといえます。
また、こういった未払い残業の問題の特徴として、密かに、和解して解決しているということも挙げられます。弁護士の多くが勝ち目がないからという理由で、受任してもらえないことが多いからです。
賃金債権の請求権が3年に延長になったこともあり、今後、この問題はさらに頻発することが考えられます。
労務問題は、起きてから対処するのではなく、起こる前に対処しなければなりません。普段の労務管理がすべてです。
管理監督者の定義や要件など、疑問点は早めに解決しておくことをお勧めします。当社でも相談に乗れます。初回面談はオンラインで行いますので、お気軽にお申し込みください。