“過重労働”などへの意識の高まりとともに、順次施行されている「働き方改革関連法案」。新型コロナウイルス感染症の拡大で、目立ってはいませんが、法律が変わらなくなったわけではありません。「36(サブロク)協定」の理解は、企業活動の上で、欠かせないものとなっています。しかし、現状として、「36協定」についてよく理解できていない企業も少なくないようです。
今回は「36協定」そのものについてはもちろん、特に理解しておきたい「特別条項」を定める上で、企業が注意すべきことについて解説します。
社会保険労務士法人とうかい
社会保険労務士 小栗多喜子
これまで給与計算の部門でマネージャー職を担当。チームメンバーとともに常時顧問先350社以上の業務支援を行ってきた。加えて、chatworkやzoomを介し、労務のお悩み解決を迅速・きめ細やかにフォローアップ。
現在はその経験をいかして、社会保険労務士法人とうかいグループの採用・人材教育など、組織の成長に向けた人づくりを専任で担当。そのほかメディア、外部・内部のセミナー等で、スポットワーカーや社会保険の適用拡大など変わる人事労務の情報について広く発信している。
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まず、「36(サブロク)協定」について、おさらいしておきましょう。36協定とは、労働基準法第36条により、会社が法定労働時間(1日8時間、週40時間)を超える時間外労働及び休日勤務などを命じる場合、労働組合や労働者の過半数代表者などと書面による協定を結び、労働基準監督署に届け出ることが義務付けられた「時間外・休日労働に関する協定届」のことを言います。
後述しますが、今回の働き方改革を背景に大きく労働基準法が改正され、時間外労働の上限時間が定められました。これまでよりも厳密に従業員の労働時間を管理していく必要があります。違反に対しては罰則も設けられていますので、「36協定」を締結するに当たっては、限度時間数を今一度確認してください。
毎年出す書類だからと、適当に労使の話し合いもなしに作成していい書類ではないことを肝に銘じましょう。
しかしながら、職種や業種によっては、繁忙期や緊急の対応が必要になる場合もあります。その場合に必要となってくるのが、「特別条項付き36協定」です。特別条項付きの36協定を締結することで、上記の上限を超えて従業員に時間外労働をしてもらうことが可能になるのです。たとえば、製造業の会社で、製品に不具合が生じ、緊急でリコール対応が必要となった場合、1か月45時間までの時間外労働では、間に合わないケースなどが該当します。
特別条項を設ける場合に気を付けておきたいのは、特別条項付きの36協定を結んだとしても、いくらでも時間外労働の上限をあげられるわけではないということです。
いくつかの注意点に留意する必要があります。
特別条項で時間外労働の上限を延長できる月は1年の半分を超えてはならず、「年6回」までということです。特別条項は、あくまでも繁忙期や緊急時を乗り切るための例外です。年の半分を超えてしまうと、それはもはや例外ではありません。
“何となく忙しくなりそう”といった場合には特別条項を利用することは認められません。労働基準法36条5項では、「当該事業場における通常予見することのできない業務量の大幅な増加等に伴い臨時的に限度時間を超えて労働させる必要がある場合」に限られるとされています。
では、通常予見することのできない業務量の大幅な増加が予想される場合とは、どんな時でしょうか。厚生労働省は、「全体として1年の半分を超えない一定の限られた時期において一時的・突発的に業務量が増える状況等により限度時間を超えて労働させる必要がある場合をいう」といっています。どのような事情であれば特別条項を定めることができるのか、その明確な線引きはされておらず、各社において慎重に検討しなければなりません。
ただ、業務量が単純に多く恒常的に働かせるような事態にならないために、繁忙期というだけでは許されない可能性もあります。システム障害が発生して緊急対応しなければならないなど、よほど特別な場合に限られると認識しておいた方が良いでしょう。具体的な理由を明確にし、「特別条項付きの36協定」を締結する必要があります。
①1年の上限は720時間以内
時間外労働の年間上限は法定休日労働を除き720時間です。これを超える時間の設定はできません。
②1か月の上限は100時間未満
単月で法定時間外労働と法定休日労働を合わせた時間が100時間未満です。
③2か月ないし6か月の時間外・休日労働の平均は月80時間以内
休日労働を含めて、複数月(2〜6か月)の平均がすべて80時間以内である必要があります。月の時間外労働と休日労働の合計が、どの2〜6か月の平均を取っても、1か月あたり80時間を超えてはいけません。
④ここが落とし穴!変形労働時間制の上限
対象期間が 3 か月を超える 1 年単位の変形労働時間制により労働する者についての延長時間は、前述図表の上限時間を超える場合には、特別条項の締結が必要です。誤って一般の上限時間数で特別条項を締結しないよう注意しましょう。
特別条項の時間外労働に制限が設けられているからと言って、制限時間一杯まで上限を延長しておけば問題ないといったことではありません。会社には従業員に過重労働をさせて健康を害させてはならないという安全配慮義務があります。前述の上限時間とともに、従業員の健康配慮への意識をしながら、過労死を引き起こさないように時間を設定すべきです。
改正労働安全衛生法では、週の実労働時間が40時間を超えた部分が1月80時間を超え、当該労働者からの申し出があれば面接指導を行わなければなりません。これは罰則なしの規程ですが、長時間労働が常態化している事業所であれば、把握しておくべき法令です。労災事故など何かがあったときに会社のスタンスが問われるからです。いずれにせよ長時間労働をさせる場合には十分に健康に配慮したうえで行わせることが重要です。
働き方改革関連法の順次施行に伴い、大企業は2019年4月1日から、中小企業は2020年4月1日から、時間外労働の罰則付き上限規制が適用されます。
適用以降は、改正法に則った36協定の締結が求められ、もちろん特別条項にも新ルールが適用されます。様式については、大企業は「2019年4月以後の期間のみを定めた36協定」から、中小企業は「2020年4月以後の期間のみを定めた36協定」から、新様式で届け出を行うことになります。中小企業では、2019年度から2020年度にかけての期間については旧様式の36協定での届け出が認められますが、新様式の内容にて協定締結を行った場合には、新様式での届け出でも問題ありません。
改正法施行にあたって、適用が除外になる業務や猶予のある業種について、また危険有害業務に従事する者の法定時間外労働の上限についても、確認して置きましょう。
新技術、新商品、新役務の研究開発に係る業務については、上記の限度時間及び特別条項付き36協定における上限時間の規定は適用されません。ただし、1週間で40時間を超えた分の残業時間が、合計で月100時間超になると、罰則付きで医師の面接指導が義務付けられます。
次の事業、業務には2024年3月31日までの間、上限規制の適用が猶予されています。
① 建設の事業
2024年3月31まで猶予。災害復旧や復興事業に関わる場合は「月100時間未満」「2〜6か月平均80時間以内」の規制は適用されない。
② 自動車運転業務
2024年3月31日まで猶予。猶予期間後は年間上限960時間。ただし、「月100時間未満」「2〜6か月平均80時間以内」「年6回」の規制は適用されない。
③ 医師
2024年3月31日まで猶予。具体的な上限時間は、今後省令で定めることとされています。
④ 鹿児島県及び沖縄県における砂糖製造の事業
2024年3月31日まで猶予。
「月100時間未満」「2~6月平均月80時間以内」の規制は適用されない
危険有害業務で、法令で定める業務に従事する者の時間外労働の上限は1日2時間とされていますが、この具体的な業務は以下の通りです。
・坑内での労働
・多量の高熱物体取扱・著しく暑熱な場所の業務
・多量の低温物体取扱・著しく寒冷な場所の業務
・エックス線などの有害放射線に曝される業務
・土石などのじんあい・粉末を著しく飛散する場所の業務
・異常気圧下業務
・さく岩機などの使用による著しい震動業務
・重量物取扱などの重激業務
・ボイラー製造などの強烈な騒音発生場所の業務
・鉛・水銀などの有害物発散場所の業務。
今回の改正で適用の猶予が認められている業種でも、取り組みを進めるべきです。
労働者からすれば、法令がどのようになっているかは関係ありません。守られている会社と守られていない会社があるだけです。優秀な人材を集めようと思えば先行して守るべきなのです。
法令よりも労働市場がルールを決めていきます。会社を成長させるためには積極的に取り組んでいく項目といえるでしょう。
36協定締結にあたっては、限度時間の設定をどうするか、特別条項に該当する事由について明確にするなど、労使での議論も含め、慎重に進めていく必要があります。今改正以後の36協定締結にあたっては、様式が変わっただけでなく、実態として特別条項を適用するための条件も厳しくなったことに着目していく必要があります。
特別条項を適用させるための事由が、旧ルールでは“突発的に業務が増加したとき”といったような抽象的表現であっても受理される場合がありました。しかしながら、新ルールにおいては、特別条項を適用する業務の種類ごとに、具体的な理由を記載しなければなりません。
さらに、旧ルールではなかった“特別条項が適用される労働者に対する健康確保措置(医師との面談や臨時の健康診断等)”を設けることが必要になりました。
このように、新ルールは特別条項を適用させるためには、具体的に表現していく必要があります。「忙しくなるかもしれないから、念のために特別条項を設ける」といったことでは、認められなくなるでしょう
新たな36協定には、用途に応じた7種の様式があります。
利用することが多いのは「様式9号」「様式9号の2」
時間外労働が1年を通して「月45時間」「年360時間」以内であれば、「様式9号」でO K ですし、書き方も従来とさほど変わりません。しかしながら、特別条項を加える場合には、「様式9号の2」を利用する必要があります。一般条項と特別条項の2つの様式を提出することとなりました。
1)新様式のポイント
新様式にあたっては、以下のような具体的な内容を定める必要があります。
・限度時間を超えて労働させる場合の業務の種類を明確に
・「予見できない一時的・臨時的な」時間外労働の理由を具体的に
・限度時間を超えて労働させる場合の手続き
・健康及び福祉を確保するための措置
これらのルールを守らなければ罰則が適用されます。
このように、上限に違反した企業に罰則が付されるなど、企業の法的責任は大きく、注目もされるようになってきました。万が一過労死などが生じるような場合には、使用者責任がより大きくなるリスクもあります。適切な労働時間管理、限度時間の設定や健康確保措置を講じる必要があります。
特に今改正では、新様式に「限度時間を超えて労働させる労働者に対する健康及び福祉を確保するための措置」を記入することが必須になりましたので、押さえておきましょう。
特別条項を定めた場合には、健康確保措置を具体的にしておかなければなりません。健康福祉確保措置として以下の10項目があります。
① 労働時間が一定時間を超えた労働者に医師による面接指導を実施すること
② 労働基準法第37条第4項に規定する時刻の間において労働させる回数を1か月について一定回数以内にすること
③ 終業〜始業までに一定時間以上の継続した休息時間を確保すること
④ 労働者の勤務状況及びその健康状態に応じて、代休や特別な休暇を与えること
⑤ 労働者の勤務状況及びその健康状態に応じて、健康診断を実施すること
⑥ 年次有給休暇についてまとまった日数を連続して取得することなど、その取得を促進すること
⑦ 心と体の健康問題について相談窓口を設置すること
⑧ 労働者の勤務状況及びその健康状態に配慮し、必要な場合には適切な部署に配置転換すること
⑨ 必要に応じて、産業医等による助言・指導を受け、また労働者に産業医等による保健指導を受けさせること
⑩ そのほか
それぞれの企業の実態に則し、従業員の健康確保をどのように進めていくか、検討する必要があります。また、その実施状況に関する記録についても、36協定の有効期間が満了した後3年間保存しなくてはなりません。
新たな36協定(特別条項)となり、今までより労働時間管理が厳格化した中で、見落としてはいけないのが、転勤や出向、業務転換などがあった場合の取り扱い。企業活動の上でよくあるケースです。厚生労働省のQ&Aにおいて以下のように記載されていますので、チェックしておきましょう。
Q
同一企業内のA事業場からB事業場へ転勤した労働者について、①36協定により延長できる時間の限度時間(原則として月45時間・年360時間)、②36協定に特別条項を設ける場合の1年についての延長時間の上限(720時間)、③時間外労働と休日労働の合計で、単月100時間未満、複数月平均80時間以内の要件は、両事業場における当該労働者の時間外労働時間数を通算して適用しますか。
これに対して、第6項第2号及び第3号の時間数の上限は、労働者個人の実労働時間を規制するものであり、特定の労働者が転勤した場合は法第38 条第1項の規定により通算して適用される。
A
①36協定により延長できる時間の限度時間、②36協定に特別条項を設ける場合の1年についての延長時間の上限は、事業場における36協定の内容を規制するものであり、特定の労働者が転勤した場合は通算されません。
これに対して、③時間外労働と休日労働の合計で、単月100時間未満、複数月平均80時間以内の要件は、労働者個人の実労働時間を規制するものであり、特定の労働者が転勤した場合は通算して適用されます。
これらの取扱いは、転職や出向の場合でも同様になります。上記のQ&A内の①と②の規定は「通算されない」とされているので、特段の問題にはなりません。なお、「月45時間の時間外労働を上回る回数は、年6回まで」という規定についても、同様に事業場に関係する規定なので、特段の問題にはなりません。
一方、「通算して適用される」としている、③の規定(単月100時間未満、複数月平均80時間以内)には注意する必要があり、この③の規定に関係する6カ月間の時間外労働と休日労働の時間数を会社側で把握する必要があることになります。
いかがでしたでしょうか?
働き方改革関連法の目玉とも言える時間外労働の上限規制ですが、多くの中小企業がまだ準備ができていないのではないでしょうか?
先日、お問合せのあった事業所では、既存の労働時間では、特別条項を上回って時間外・休日労働をさせてしまうところでしたが、就業規則の改定を行うことで、法律の範囲内におさめることができました。
もちろん、過重労働に非常に近い状態であることは間違いないので、対処療法的な対応で、同時に労働時間の短縮に取り組んでいくこととなりましたが、、企業がこのような、就業規則の見直しや労働時間の短縮の取組を行わず、ただ違法状態となっている場合もあると思います。
法律がすべてではありませんが、だからと言って何もしない企業が生き残れるはずはありません。
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