IT企業で働くエンジニアは、他業界に比べメンタルヘルスに問題を抱える人が多いといいます。なぜ、IT企業ではメンタルヘルス不調者が多いのでしょうか? それにはIT業界特有の要因があるとも言われています。
今回は、IT企業の人事労務担当者として、職場のメンタルヘルス問題・対策について考えてみましょう。IT業界に詳しい社会保険労務士が解説していきます。
社会保険労務士法人とうかい
社会保険労務士 小栗多喜子
これまで給与計算の部門でマネージャー職を担当。チームメンバーとともに常時顧問先350社以上の業務支援を行ってきた。加えて、chatworkやzoomを介し、労務のお悩み解決を迅速・きめ細やかにフォローアップ。
現在はその経験をいかして、社会保険労務士法人とうかいグループの採用・人材教育など、組織の成長に向けた人づくりを専任で担当。そのほかメディア、外部・内部のセミナー等で、スポットワーカーや社会保険の適用拡大など変わる人事労務の情報について広く発信している。
主な出演メディア
・NHK「あさイチ」
・中日新聞
・船井総研のYouTubeチャンネル「Funai online」
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https://www.tokai-sr.jp/staff/oguri
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ウクライナ情勢、米欧のインフレと金融政策、米中の対立など不安定な国際情勢の中、世界ではIT企業が転機を迎えています。Google、Apple、MetaなどのGAFAMをはじめ、名だたるIT企業で大規模レイオフも行われました。コロナ禍の反動といった側面はありますが、解雇のハードルが高い日本では、その規模とスピード感には驚くばかりです。とはいえ、GAFAMを解雇されたといっても、他のIT企業やDX推進を目論む製造業や小売業などの企業からITエンジニアの引き合いは多く、IT業界が縮小した、ITエンジニアの仕事がなくなった、ということではありません。IT業界界隈では、半数近い従業員を解雇したTwitterを通じて、事業活動に大きなインパクトを与えない程度にどこまで人員を削減できるのか、自社のサービスに多くの人員が本当に必要なのかといった疑問を抱く経営者もいると言います。
一方、日本のIT企業では、その多くが人材不足に悩んでいます。景気動向を受けやすい業界であるのは、諸外国と同様です。さらにIT分野は進化のスピードが速く、次々の新たな技術が出現し、その技術を扱うITエンジニアは、常に不足しています。昨今は産業界のDX推進によってIT需要が拡大していることも影響しています。ITエンジニア需要が急速に拡大し、人材獲得競争も激化していくなか、人材不足がもたらす影響は、既存エンジニアへの業務の負荷、短納期、長時間労働といった問題をもたらしています。そして、これらの問題は、IT企業の従業員のメンタルヘルスにも影響を与えています。
厚労省の労働安全衛生調査(令和3年)によると、メンタルヘルス不調により連続1か月以上休業または退職した労働者がいた事業所の割合は10.1%となっています。このうち、情報通信業は29.6%と、非常に高く、メンタルヘルス不調者が多いという結果を示しています。
この数字は、IT企業におけるメンタルヘルス不調が深刻な問題であることがうかがえます。うつ病等の精神疾患を発症し、休職に至るケースが多く、長時間労働や職場のコミュニケーション問題が要因としてみられます。ITエンジニアに限ったことではありませんが、コミュニケーション苦手なタイプの人は、誰にも相談できずに1人で悩みを抱えこんでしまい、メンタルヘルス不調になってしまうことがよくあります。一度、うつ病を発病した場合、休職と復職と再発を繰り返すパターンも珍しくありません。従業員にメンタルヘルス不調者が多く発生することになると、当然ながら会社としても生産性や業務効率性が低下します。大きな問題になれば、安全配慮義務違反のリスクもあるでしょう。放置すれば、周りの従業員への影響も大きく、会社への不信感も招きかねません。IT業界特有の人材不足の問題、長時間労働問題への施策アプローチも重要です。加えて、メンタルヘルス不調をどのように予防するのか、もし不調者が発生しても早期に対応し、不調を繰り返さないようケア・サポートしていくのかといった対応も両輪で行っていかなくてはなりません。
IT企業の採用の現場では、求めている人材と採用した人材のミスマッチがよくあります。数回の面接を通して、応募者を見極めるには、正直難しいものです。華々しい経歴や実績・経験が記載されたレジュメには目を奪われますが、いくら優秀な人材であっても自社にフィットしないということもあります。ミスマッチは会社も採用された人材も、お互い不幸です。フィットしない結果、採用した人材がメンタルヘルス不調に陥ったケースも少なくありません。また、前職でメンタルヘルス不調により退職し、症状が回復していないまま転職し再発したケースもあります。多くが選考時にメンタルヘルス不調について申し出るケースは少ないので、会社としては知りようもなく、実際にメンタルヘルス不調が発生してから気づく、ということになってしまうのです。
新卒採用においても、入社後のメンタルヘルス不調はよくあるケースです。学生生活から社会に出て、厳しい仕事の現実、既存社員とのコミュニケーションに問題が発生したりと、大きなストレスとなるのでしょう。
とはいえ、企業は心身ともに優秀な人材を採用したいものです。もちろん、採用後にメンタルヘルス不調を発生させないような環境づくりや配慮は必要ですが、採用選考の時点での見極めも重要なリスク予防になります。
そこで、1つの方法は、採用時にストレス耐性などを測るアセスメントツールの利用です。最近では、多くのアセスメントツールを取り扱うサービスがあります。採用予定者の心理状態や行動特性、どのような環境でストレスを感じるかといったストレス要因、相性のよい上司・部下のタイプなどをチェックが可能です。会社と採用した人材とのミスマッチをできる限り防ぐことが目的です。また、行動特性やストレス要因の可能性を把握しておくことで、入社後のフォローアップもしやすいといったメリットもあります。
ただ、アセスメントツールは万能なものではありません。たとえ選考時のチェックにおいて、ストレス耐性の高い優秀な人材であっても、入社後にメンタルヘルス不調にならない、というわけではありません。会社としては、不調者を発生させないための予防施策や環境づくりは、大前提として行うべきものでしょう。
意気揚々と入社し、活躍を期待する人材が、残念ながら心身の調子を崩し、休みがちになるといったケースがあります。しかも試用期間で、これからというときに調子を崩す人も少なくありません。一時的な不調でコンディションが復活するのであれば、大きな問題ではないかもしれません。しかし、うつ病など精神疾患などを発症し長期に休むことが必要になった場合、会社としてどのように対応するか決めているでしょうか?
まずは、入社以前から病気だったのか、入社後にうつ病を発症したのか、確認しておく必要があるでしょう。診断書はもちろんですが、会社の産業医とも相談し、どのような状態であるのか、見通しなども把握しておく必要があります。何より、入社後の業務に起因するものかどうかは、慎重に確認が必要です。後々のトラブルを回避する上でも大切です。
さらに、就業規則による休職の取り扱いについても確認が必要です。なぜならば、休職が長期に渡る可能性がある場合には、会社としては退職・解雇も視野に入れる可能性があるからです。就業規則に“試用期間中は休職規定の適用を除外する”“身体または精神の状態が勤務に耐えられないと判断したとき”などと定めてあれば、試用期間後の本採用拒否は可能でしょう。ただし、その場合であっても、“試用期間中に休職”→“解雇”は一足飛びかもしれません。試用期間中であり、就業規則に休職除外の規定があったとしても、もしも解雇という選択をする場合には、慎重に進めることをお勧めします。時間をかけて選考し採用した人材ですから、できるなら退職や解雇せず、回復して活躍されることがベストではあるでしょう。メンタルヘルス不調で休職に至った人であっても、復職してうまくストレスと付き合いながら活躍する人も大勢います。人事労務担当者は、本人はもちろん、産業医や上司などとも連携をとりながら、見極めていくことが大切です。
IT企業で多いメンタルヘルス疾患による休職。心身の調子を崩す要因ともなる長時間労働などへの対策は、各社さまざまな施策を試行錯誤しながら行っているでしょう。しかし残念ながら、メンタルヘルス不調により精神疾患などで休職を余儀なくされる場合もあります。どの時点で休職とさせるかの判断にも悩むところではないでしょうか。不調発見時の対応が予後にも影響するため、メンタルヘルス不調が疑われる従業員がいる場合には、早めの対応が必要です。
まずは従業員に心療内科などの医療機関を受診してもらい、診断を受ける必要があります。医師や産業医のアドバイスを参考に、休職の判断などを行っていきます。休職が必要と判断されれば、従業員に対して休職を発令することになります。
休職期間中にも、復職に向けて、定期的なフォローアップをしながら、状態を確認していきます。状況によっては、従業員の同意を得たうえで、従業員の家族との連携や相談が必要な場合もあるでしょう。個人個人に症状なども異なることから、個別の対応は必要ですが、会社としては一定のルールを設けておく必要があることも忘れてはなりません。その際のルールが就業規則による休職規定になります。
<休職の規定のポイント> ・休職適用範囲 正社員だけなのか、有期雇用社員の場合はどうするのか、など適用の範囲を決めておきます。
・休職状態 休職を認める具体例を設定します。例えば、 “精神上の疾患による欠勤が継続、断続を問わず1か月を経過し、なお労務提供が難しいと医師または産業医が認めたとき” といったように休職を認める状態を記載します。
・休職期間 休職期間をどれくらい儲けるのかを決めます。また“同一事由による休職の場合は通算する”など、通算期間を設けておくこともお勧めします。
・解雇事由 業務外の精神疾患などによる休職は、休職期間満了までに治癒しなければ、従業員を解雇する場合もあるでしょう。この規定がないと、休職制度を濫用するリスクが生じてしまいます。
・休職中の状況把握・報告義務等 休職中は仕事を気にせず療養に専念してもらう必要があります。また療養中の状況や回復状況などを報告してもらったり、定期的に産業医面談を受けてもらうなど規定しておきます。復職の判断の際にも必要となるでしょう。 ・休職期間中の給与や社会保険等の取り扱い 基本的に休職期間中には無給のケースが多いでしょう。その場合の傷病手当金、社会保険料や住民税などの取り扱いについて明確にしておきます。 ・復職の取り扱い まだ治癒していない従業員を復職させてしまうと、再休職を招くおそれが大きいものです。主治医などの治癒の判断を受け、職場の上司などと面談を経て復職させるなどの取り扱いが重要です。診断書の提出を義務付けるなど規定しておくことが望ましいでしょう。また、休職者の回復が十分でなく、主治医の診断書に疑問があるときは、産業医の意見を聞いたり、産業医から主治医に意見を聞く、会社が指定する医師の診察を受けてもらうといった規定を設けることも検討すべきでしょう。 |
休職の規定をしっかり明記しつつ、再休職を防止するために、職場復帰後のフォローも欠かせません。IT企業の場合、メンタルヘルス不調による休職が多く、復職後に再び不調に陥るケースも多くあります。せっかく、治療に専念し症状が改善したにもかかわらず、復帰後、すぐに再休職するのは、会社も従業員もつらいものです。会社は、復職した従業員が再休職しないよう慎重にすすめたいものです。従業員本人も復職への焦りがあるケースも多いので、主治医や産業医の意見を聴いて、従業員の健康状態を把握し、復職後の配置や業務を決定することが望ましいでしょう。
また、復職した従業員とも定期的に面談したり、上司にヒアリングを行うなど、状態の把握に努めることが大切です。
休職が長引き、規定した休職期間が満了するとき、または満了期間ではないが、この先勤務し続けることが難しい場合、会社は従業員の退職や解雇も視野に入れる場合もあるでしょう。ただ、休職が長引いているからといった理由だけで、すぐに退職・解雇は難しいものです。トラブルになれば、不当解雇として訴えられるリスクもあります。業務量の調整、配置転換、医師の診断など、解雇を回避するための努力をしたかが重要になりますので、慎重に丁寧に対応を進めましょう。
一度、メンタルヘルス不調によって精神疾患などを発病し、休職ということになれば、従業員本人にとって辛く長い期間が続いてしまいます。一番は、たとえ不調に陥っても休職するような事態になる前に、早めの対応ができることが重要です。メンタルヘルス不調は、多かれ少なかれ、誰もが心身のアップダウンを経験するはずです。ちょっとした不調を放置していたために、休職する事態にまで発展してしまったということがあるのです。
では、会社としてどう対処していけばいいのでしょうか。理想論かもしれませんが、上司と従業員と向き合いコミュニケーションをとり、不調の芽に気づくことです。ただ、本当に手間も時間もかかり、面倒でもあるでしょう。しかし、こうしたメンバーと向き合っていない職場にかぎって、突然、うつ病の診断書を提出されて休職してしまう、というケースがあったりします。このケースとなると、本人と連絡が取れなくなったり、同じ部署に復職した場合に再発してしまったということもあります。後々の手間や時間、負担を考えれば、予防に手間をかけるほうが、影響が少ないと言えるでしょう。
そして、もし休職者が発生してしまったら、人事労務担当者が従業員の休職時にとるべき対応しては、まずは休職者に対し、安心感を与えてあげることが必要です。もちろん、会社の休職に関する規定やなど重要な説明が必要ですが、何より休養に専念すること、症状が改善したら復職ができることを伝えてあげるようにしましょう。特にうつ病などの精神疾患が、職場環境や人間関係などが要因である場合、会社の関係者と会うのを避けることも多いので、病気の状況に応じて柔軟に判断することをおすすめします。