残業手当とは、時間外労働を行った従業員に対して支払わなければならない割増賃金のことです。
この割増率は残業を行った時間帯や日によって異なります。
また、残業手当を計算するためには、法定内残業と法定外残業、法定休日と法定外休日の違いなどを理解しておく必要もあります。
似た用語が多く、複雑に感じるかもしれません。
ですが、従業員に対して正当な賃金を支払うことは企業側の義務でもあります。
企業の担当者は残業手当について正しい知識を得ることが求められます。
ここでは残業の種類やその割増率、具体的な計算方法やよくある質問まで、残業手当について幅広く解説していますので、参考にしてみてください。
社会保険労務士法人とうかい
執行役員 社会保険労務士 小栗多喜子
同社、人事戦略グループマネージャーを務め、採用・教育を担当する。商工会議所、銀行、Adeco,マネーフォワードなどセミナーや研修講師も精力的に行っている。労働法のアドバイスだけではなく、どのように法律と向き合い企業を成長させるのかという経営視点でのアドバイスを得意としている。
主な出演メディア
その他、記事の監修や寄稿多数。
取材・寄稿のご相談はこちらから
残業手当とは、従業員に時間外労働や休日労働をさせた場合に支払わなければならない割増賃金のことです。
残業手当は通常の労働賃金の「1.25倍以上」の割増率で支給することが労働基準法で定められています。
労働基準法 第三十七条
使用者が、第三十三条又は前条第一項の規定により労働時間を延長し、又は休日に労働させた場合においては、その時間又はその日の労働については、通常の労働時間又は労働日の賃金の計算額の二割五分以上五割以下の範囲内でそれぞれ政令で定める率以上の率で計算した割増賃金を支払わなければならない。
残業手当の割増率は、何時に労働を命じたか、休日に労働を命じたかなどによって以下のように異なっています。
残業時間 | 割増率 |
---|---|
法定労働時間である1日8時間、または1週間で40時間を超えるもの | 1.25以上 |
夜22時から翌朝5時までの深夜残業 | 1.25以上 |
法定休日に勤務した時間 | 1.35以上 |
1ヶ月の時間外労働の合計が60時間を超えるもの | 1.50以上 ※大企業のみ |
これらの割増率は労働条件の最低ラインを示すものであり、企業が増加して設定する分に問題はありません。
原則として労働基準法では、休憩時間を除いて1日に8時間、1週間に40時間を超える労働は禁止されています。
労働基準法 第三十二条
使用者は、労働者に、休憩時間を除き一週間について四十時間を超えて、労働させてはならない。
② 使用者は、一週間の各日については、労働者に、休憩時間を除き一日について八時間を超えて、労働させてはならない。
ただし、企業と従業員が労使協定を締結することで、企業は従業員に時間外の労働、つまり残業を命じることが可能となります。
残業させることの対価として、割増賃金が支払われるのです。
残業には2種類あります。
「法定内残業」と「法定外残業」です。
それぞれの定義について説明していきます。
法定内残業とは、労働基準法で定められた労働時間に収まるけれど、企業が定めた所定労働時間を超えた残業のことです。
例えば、所定労働時間が9時から17時、1時間の休憩時間を含む企業では、定時である17時まで働いても、実労働時間は7時間となります。
この企業で17時から18時までの間に残業すると、実労働時間は法定労働時間である8時間に収まります。
従って、1時間の法定内残業をしたことになります。
法定内残業に対する割増賃金は、企業の就業規定などで定められており、内容はさまざまです。
基本的に法定内残業に対して賃金を割増する義務はありません。
ただし、就業規則などに「所定労働時間を超える労働に対して1.25倍の割増賃金を支払う」のように記載されている場合、労働基準法よりも有利な条件である就業規則が優先され、割増賃金の支払いが必要となります。
法定外残業とは、労働基準法で定められている1日に8時間、1週間に40時間を超える残業のことです。
例えば、所定労働時間が9時から17時、1時間の休憩時間を含む企業で19時まで労働を行うと、実労働時間は9時間となります。
このケースでは、1時間の法定内残業、1時間の法定外残業をしたことになります。
法定外残業には割増賃金を支払うことが義務付けられています。
36協定(サブロク協定)とは、労働基準法36条に基づいた「時間外・休日労働に関する労使協定」です。
企業が従業員に法定労働時間を超えて労働させたり、休日に労働させたりすることは労働基準法違反となり、「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」が科されます。
しかし、あらかじめ労働組合や労働者代表と36協定を締結し、労働基準監督署へ届け出ていれば、法定労働時間を超えた労働も休日労働も命じることが可能となります。
労働基準法 第三十六条
使用者は、当該事業場に、労働者の過半数で組織する労働組合がある場合においてはその労働組合、労働者の過半数で組織する労働組合がない場合においては労働者の過半数を代表する者との書面による協定をし、厚生労働省令で定めるところによりこれを行政官庁に届け出た場合においては、第三十二条から第三十二条の五まで若しくは第四十条の労働時間(以下この条において「労働時間」という。)又は前条の休日(以下この条において「休日」という。)に関する規定にかかわらず、その協定で定めるところによつて労働時間を延長し、又は休日に労働させることができる。
注意しておきたいのは、36協定を締結すれば無制限で時間外労働を命じられるわけではないということです。
36協定で定めることのできる残業時間には上限があり、月45時間・年360時間までと定められています。
繁忙期や緊急対応の必要があり、36協定の上限以上の労働を命じたい場合は、「特別条項付36協定」を締結することで、単月100時間未満、年間720時間まで上限を増やすことが可能となります。
ただし、特別条項を締結できるのは、「特別な事情が予想される場合」のみです。
上記の上限を超えた場合も労働基準法違反となり罰則が科せられます。
以前は特別条項付き36協定を締結した場合、残業時間に上限はありませんでした。
しかし、2019年4月より順次施行された「働き方改革」により、上限が設定されました。
特別条項付き36協定を締結した際の残業時間の上限は次のようになっています。
残業手当と似たものに、「時間外手当」や「休日出勤手当」、「深夜手当」があります。
残業する時間帯によって賃金の割増率が異なることに注意しましょう。
時間外手当と残業手当の意味は似ていますが、厳密には違いがあります。
残業手当とは、就業規定などで企業が決めた所定労働時間を超える残業に対する手当です。
残業手当には法定内残業と法定外残業の両方が含まれます。
対して、時間外手当は法定外残業に対する手当であり、労働基準法に基づく法律用語です。
時間外手当の割増率は1.25倍です。
休日出勤手当とは、休日出勤に対して支払われる手当のことです。
休日には「法定休日」と「法定外休日」(所定休日)の2種類あります。
法定休日とは、労働基準法で定められた週に最低1日以上の休日を指し、法定外休日とは、法定休日以外に企業が定めた休日のことを指します。
法定休日に対する休日出勤手当の割増率は1.35倍です。
法定外休日に対しては企業の就業規定などで割増率が定められており、法定休日と同じように1.35倍とする会社もあれば、時間外手当と同じく1.25倍とする会社もあり、さまざまです。
深夜手当とは、夜22時から翌朝5時までの深夜労働に対して支払われる手当のことです。深夜手当の割増率は1.25倍です。
ここまで複数の割増率を紹介しました。
以下から残業手当の具体的な計算方法を確認していきます。
法定時間外に残業した場合、割増率は1.25倍となるため、時間外手当の計算式は以下となります。
時間外手当=1時間あたりの賃金×割増率1.25×残業時間(法定時間外残業)
「1時間あたりの賃金」は、以下の計算式で算出できます。
1時間あたりの賃金=月給÷1ヶ月の平均所定労働時間
この基礎月給は、次の手当を除外したものです。
これらの手当は、労働との関係が薄かったり、計算の煩雑さを回避したりするために除外されています。
「1ヶ月の平均所定労働時間」は、以下の計算式で算出できます。
1ヶ月の平均所定労働時間=(365日[※1]-年間所定休日)×1日の所定労働時間÷12ヶ月
※1:うるう年は366日で計算
残業手当の割増率が重複した場合、どちらも有効となり加算されていくというのがポイントとなります。
法定外残業であり、かつ夜22時から翌朝5時までの深夜労働を行った場合、それぞれの割増率が加算されます。
1.25倍(法定外残業の割増率)に1.25倍(深夜労働の割増率)が加算され、割増率は1.50倍となるので注意しましょう。
法定外残業が月に60時間を超えた場合、大企業のみ割増率は1.50倍となります。
これは、長時間労働に対する企業の負担を費用として増やすことで、労働者の健康を守る目的があり、平成22年に割増率が引き上げられたものです。
2023年4月以降、中小企業も60時間超の法定外残業の割増賃金率1.5倍の適用が始まります。
60時間超の法定外労働時間に、深夜労働を行った場合は、
1.5倍+1.25倍=1.75倍の割増賃金の支払いが必要となるので、一層注意が必要です。
「みなし残業」や「働き方改革」という言葉を耳にしたことはあるでしょうか。
どちらも残業手当に関連するものなので、内容を確認しておきましょう。
固定残業代とは、一般的にみなし残業代とも呼ばれ、あらかじめ残業することを想定し、残業手当を定額で支払う制度です。
想定された残業時間を超えない場合でも、固定残業代が減額されることはありません。
また、想定される残業時間を超えて働いた場合、超過分の残業代の支払が必要となります。
例えば、固定残業代として毎月20時間分の残業手当が固定給に含まれていたとします。
実残業時間が10時間であっても、固定残業代は20時間分のまま変更はありません。
実残業時間が30時間であった場合、使用者は超過した10時間分の賃金を社員に支払う必要があります。
しかし、実際には法定内残業と法定外残業、法定休日と法定外休日などの区別が曖昧になっており、想定残業時間を超過していても、超過分や割増分の残業手当が適切に支払われていない企業が少なくありません。
そのような曖昧な状況は、使用者と従業員間のトラブルを引き起こす可能性があります。
固定残業代を導入している企業は、残業手当について正しく理解し、労働条件を明確にしておく必要があるでしょう。また、勤怠管理を正確に行うことで残業時間の管理や労働の効率アップにも役立ちます。
2019年4月に施行された「働き方改革」により、残業時間に上限が設けられました。
長時間労働による従業員の健康への悪影響や過労死を防ぐというメリットがある反面、残業時間が減ることで収入が減るというデメリットも存在しています。
残業代を得られる前提でライフプランを立てている人にとって、非常に厳しい状況にあるといえるでしょう。
そもそも勤怠管理を締めるのが難しい・苦労しているというお声も伺います。システムの連携が上手くいかず手作業が発生していることや、社員間の打刻ルールが徹底できずに管理者において差し戻しが発生していることが背景でしょう。勤怠管理を楽にしたい、運用までサポートしてほしいなどお悩みの方はぜひ弊社にご相談ください。
残業手当に関する専門用語や計算方法についてのよくある質問をまとめました。
この記事に掲載されていない内容で不明点があったり、具体的な残業手当の金額を計算したりしたい場合は、早めに専門家へ相談することがおすすめです。
出張の移動時間は通常の通勤時間と同じとみなされるため、基本的に残業扱いにはなりません。
以下のような、業務に関わる移動の場合は労働時間として認められることもあります。
残業時間の上限は、企業が36協定を締結しているかどうか、特別条項付き36協定を締結しているかどうかによって、次の一覧のように異なります。
36協定 | 残業時間の上限 |
---|---|
なし | 時間外労働・休日労働なし |
一般条項 | 月45時間、年間360時間まで |
特別条項 | 年6回、月100時間未満、年間720時間まで |
これらの上限を超えて従業員に労働させた場合、労働基準法違反となり、「6ヶ月以下の懲役または30万円以下の罰金」が科されます。
残業手当は給与の一種であるため、所得税の課税対象となります。
残業手当が発生し、支払われる年が課税対象となります。
そのため、未払いだった残業手当を受け取る場合には注意が必要です。
既に確定申告を済ませている状態であれば、再度自分で修正申告を行わなければなりません。
歩合制(ぶあいせい)とは、成果報酬型の給与形態です。
仕事の成果や売り上げに応じた給与を支払うもので、契約により歩合率は異なります。
歩合制を採用している企業でも、法定労働時間を超える場合は残業手当が発生します。
歩合制の残業手当は、固定給と歩合の部分に分けて計算を行います。
固定給の計算式は、時間外手当の計算式と同じです。
固定給の時間外手当=1時間あたりの賃金×割増率1.25×残業時間
歩合部分の計算式は、1時間あたりの賃金を算出し、割増率と残業時間を掛けることで算出できます。
歩合給の時間外手当の割増率は、0.25倍となっています。
これは、通常の割増率である1.25倍の1.0倍に該当する部分は、歩合給に含まれているという考え方に基づいています。
1時間あたりの歩合賃金=歩合給÷総労働時間
歩合給の時間外手当=1時間あたりの歩合賃金×割増率0.25×残業時間
算出した固定給の時間外手当と歩合給の時間外手当を合計したものが、残業手当となります。
時間外手当=固定給の時間外手当+歩合給の時間外手当