「みなし残業制(定額残業代制)」と「みなし労働時間制」は、残業代や労働時間をある一定の額でみなして計算する方法です。
「みなし残業制」では、従業員の実働時間に関係なく、就業規則等で定めた時間を働いたとみなします。
「みなし労働時間制」では、従業員の残業時間をあらかじめ給料や手当に見込んでおくことができます。
いずれも適切に運用しなければ違法になることもあるので、注意しなければなりません。
また採用する方法によって仕組みが異なるため、それぞれの特徴を把握しておくことが大切です。
この記事では2種類の仕組みと、導入するメリット・デメリット、注意点などを解説します。
社会保険労務士法人とうかい
社会保険労務士 小栗多喜子
これまで給与計算の部門でマネージャー職を担当。チームメンバーとともに常時顧問先350社以上の業務支援を行ってきた。加えて、chatworkやzoomを介し、労務のお悩み解決を迅速・きめ細やかにフォローアップ。
現在はその経験をいかして、社会保険労務士法人とうかいグループの採用・人材教育など、組織の成長に向けた人づくりを専任で担当。そのほかメディア、外部・内部のセミナー等で、スポットワーカーや社会保険の適用拡大など変わる人事労務の情報について広く発信している。
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労働時間や残業代を一定とみなす給与計算方法には「みなし残業制(定額残業代制)」と「みなし労働時間制」の2つがあります。
本来であれば、申告された残業時間に対して支払うのが残業代です。
みなし残業制(定額残業制)を採用している場合、この残業代があらかじめ給与の一部に組み込まれています。
毎日定時で帰ることができれば、あらかじめ組み込まれている分の残業代が給料として実働時間分以上に支払われることになります。
一方、みなし労働時間制では、就業規則で定めた労働時間を従業員が働いたとみなし、規定の時間を超えて働いた場合には残業代が支払われます。
効率よく仕事を進めてみなし労働時間よりも早く仕事を終えても、みなし労働時間数の給与が支払われます。
みなし残業代制とみなし労働時間制、それぞれを混同しないようにしましょう。
みなし残業制(定額残業代制)では、残業時間をどのように扱っているのでしょうか。
詳しく見ていきましょう。
想定される残業時間をあらかじめ給料に組み込み一定の金額を支払うことを、「定額残業代制」(または固定残業代制)といいます。
従業員がこの想定されていた時間を超えて労働していた場合は、通常の労働時間で払う賃金を基礎として割増賃金を計算し、支払うことが義務付けられています。
36協定では、残業時間の上限が年間360時間と定められており、これを1か月平均にした残業時間は30時間となります。
毎月30時間を超える固定残業時間を設定すると、問題とされる場合があります。
定額残業代制の雇用契約書に「月30時間の法定外労働時間を含む」などと定められている場合は、30時間以上の残業がない限り、賃金と別に支払われる残業代は発生しません。
なお、定額残業代制の場合、従業員に就業規則や雇用契約書・給与明細等で対象となる固定残業時間数と金額を書面で明示する要があり、口頭のみの通達では不十分とされます。
定額残業代制が残業時間を見込み、それに対する残業手当を給料にあらかじめ組み込む一方で、みなし労働時間制は、「実働時間に関係なく所定の労働時間勤務したとみなす」ことが特徴です。
例えば、所定労働時間を8時間に設定している場合、実際には8時間に満たない時間しか働いていなくても、8時間労働したとみなされます。
労働者自身が仕事のペースを決められることがメリットに挙げられます。
みなし労働時間が法定労働時間を下回る場合でも、所定労働時間を超えれば残業代が支払われます。
また、休日や深夜の労働は、みなし労働時間制であっても該当の労働時間を正確に把握してしなければなりません。
広い職種で採用される「定額残業代制」とは異なり、みなし労働時間制には、適用条件の異なる3つの種類があります。
職業によっては、労働時間の把握が難しかったり、従業員に裁量を任せた方が良かったりすると定額残業代制の適用が難しい場合があるからです。
みなし労働時間制の種類と、それぞれの制度を利用できる条件は以下のようになります。
営業職など社外で勤務することが多く、「事業場外の業務が中心」「詳細な指示・管理が難しい」「実働時間の算定が困難」などの要件を満たす従業員に対して適用されます。
これは、企業が把握しにくい従業員の実働時間を、所定の時間働いたとみなす制度です。
しかし、労働基準法で定められた次の条件に、1つでも該当する従業員には適用できません。
社員の裁量に任せた方がスムーズに業務を遂行できる職業などに適用され、19の特定職が厚生労働省によって定められており、どの職種でも採用できるわけではありません。
これらは業務遂行の手段や時間配分を企業から指示せず、従業員の裁量に任せられるという理由から、実働時間にかかわらず労使協定で定めた労働時間働いたとみなされます。
経営企画や財務・経理、人事・労務、広報、生産、営業領域の調査・計画・企画・分析などの分野に限られるという点が専門業務型裁量労働制とは異なります。
同じように労働時間や仕事の進め方を労働者自身に任せた方が業務の効率化に繋がる場合などに適用されます。
みなし残業制(定額残業代制)とみなし労働時間制のいずれにおいても、休日には「法定休日」と「会社の規定による休日」があることが前提となります。
法定休日と呼ばれるのは、法で定められた週1日もしくは月4日の休日。
一方、会社の規定による休日は法定休日を含み、各企業で設定された休日のことです。
法定休日には曜日の規定がないため、週休2日制の企業では2日の内、いずれかが法定休日になります。
前述のような法定休日では、週休2日の両日とも出勤した場合は、いずれか1日が法定休日による休日出勤です。
一方、週休の内1日だけ出勤した場合は法定休日である週1日の休日が確保されているため、法的には休日出勤にはならず、時間外労働の扱いになります。
これは定額残業代制でも、みなし労働時間制でも変わりません。
みなし労働時間制の場合、残業代という概念はありませんが、休日出勤などでは割増賃金の対象となります。
その場合、通常の1.25倍の賃金を支払うことになります。
企業側に支払い義務があるのは、休日出勤だけではありません。
深夜労働にあたる午後10時から午前5時の労働に対しても、賃金を割増して支払う必要があります。
また、みなし残業制で設定されたみなし残業時間を超えて労働した場合、基本給とは別に割増賃金を支払う義務があると判示された事例もあります。
この判例は、以後のみなし残業代の支払いに関連する裁判にも影響を与えました。
みなし残業制(定額残業代制)を導入すると、例えば同じ仕事を与えても残業が必要な人と定時で帰る人がいる場合など、従業員それぞれ個人に能力差があっても平等に給与を支給できるなどのメリットがあります。
他にも様々なメリットがあるので、詳しく紹介します。
メリットが多くあるみなし残業制(定額残業代制)ですが、デメリットがないわけではありません。
企業側としてどのようなデメリットがあるのでしょうか。
毎月の給料の内に残業代が含まれるため、従業員の残業が少ない月でも同額の残業代を支払わなければなりません。
そのため、みなし残業制(定額残業代制)を取り入れることにより人件費が増えることがあります。
定額残業制・みなし労働時間制のいずれも残業代が給料に組み込まれていることから、残業を「しなければならない」と誤解されてしまうケースがあります。
従業員が理由のない残業をせず定時で帰宅することは、どちらの制度を採用していても問題ありません。
定時で帰りにくい雰囲気にならないよう、従業員に対して十分な周知が必要です。
みなし残業制やみなし労働時間制を取り入れている企業では、運用を誤ればサービス残業など長時間労働の温床になることがあります。
設定したみなし残業時間を超えた労働時間に対しては、実態の通りに超過分の残業代を支払わなければなりません。
にもかかわらず、「規定時間を超えた残業時間は申告できない」など誤ったルールで運用している企業が少なからず存在します。
こうした運用は違法になるので、みなし残業制とみなし労働時間制、それぞれを正しく理解しておく必要があります。
みなし残業(定額残業代制)の導入は、どのような流れになるのでしょうか。
ここでは、みなし残業(定額残業代制)を適法で導入することを目的に、ステップをまとめて解説します。
従業員が残業している時間の実情を把握することが、みなし残業の導入には欠かせません。
これをもとに、制度切り替え後の人件費がどの程度なのか試算し、人件費の変動シミュレーションによって問題がないことを確かめたうえで、残業時間や総支給額を決定します。
残業時間の設定と総支給額は社員のモチベーションを大きく左右するため、慎重に検討しましょう。
みなし残業制(定額残業代制)であることは、すべての従業員に説明しなければなりません。
その際、口頭のみの説明では不十分なため、企業で検討した内容を就業規則や雇用契約書に明記する必要があります。
総人件費の負担を増やさずにみなし残業制(定額残業代制)を導入しようとすると、基本給の減額が必要です。
そのため基本給が減額になることを従業員一人一人に説明し、同意を得なければなりません。
経営サイドは従業員に説明し、納得してもらったうえで基本給の減額に同意する書面に署名、捺印して提出してもらうことも必要です。
現在籍を置いている従業員に対してだけでなく、求人広告を掲載する際もみなし残業(定額残業代制)やみなし労働時間制を採用している旨を明記しなければなりません。
基本給とは別に、みなし残業時間やみなし残業代を明記しましょう。
大矢の経営視点のアドバイス
みなし残業時間制は運用が肝です。実態として労働時間の算定ができる者に対しては適用できません。例えば、外回りの営業職でも上司から具体的指示を受けて勤務し、帰社後に残務処理にあたっているケースなどは注意が必要です。ご不安な場合は一度ご相談ください。サポート実績360社以上、社員数名から2,000名以上の企業まで支援している事例をふまえてサポートいたします。
みなし残業制(定額残業代制)を取り入れるにあたって、次のような項目に当てはまる場合は法律に違反している可能性があります。
企業にとって重要なことなので、しっかり確認しておきましょう。
実情に則していない残業時間が設定され、残業代が支払われていない場合、違法性が疑われます。
実際の残業時間とみなし残業時間を比較して、実際の残業時間が大幅に上回るように設定されている場合は、残業代を支払わなければなりません。
基本給にみなし残業代(定額残業代)が含まれている場合、基本給と分けて表示する必要があります。
企業は、厚生労働省が示している基準に沿って、みなし残業代(定額残業代)が基本給の中でどのくらいなのか、残業時間が何時間で設定されているのかを明らかにしなければなりません。
また、「みなし残業時間を超えた際は割増賃金を別途支払う」ことも明示する必要があります。
みなし残業制(定額残業代制)やみなし労働時間制を採用している企業は、雇用契約書や就業規則、募集要項の中にその規定を盛り込まなければなりません。
規定が明記されていない場合、違法に該当します。
「36協定」を締結していれば、使用者は労働者に残業を命じることができます。
一方で、労働基準法第36条第4項では、その残業時間の上限が月45時間と定められており、これを超える残業を前提としたみなし残業時間を設定すると、違法・無効とされる可能性があります。
基本給の内、みなし残業代(定額残業代)の割合が不自然に多く、これを除いた基本給が少なすぎる場合も違法の疑いがあります。
これは、最低賃金法によって1時間あたりの賃金に下限が設けられているためです。
みなし残業代(定額残業代)を差し引いた基本給が低すぎる場合、最低賃金法に抵触するリスクがあります。
雇用契約に関係する書類にみなし残業やみなし労働制である旨と、残業代・残業時間に関する記述があるかどうかは、違法性を示すポイントの中でも特に気をつけたい箇所です。
違法になるばかりではなく後々トラブルを招きかねないため、必要事項を記載してあるかどうか確認しましょう。
従業員の裁量に任せるみなし労働時間制を導入したからといって、従業員の労働時間を把握しなくて良いわけではありません。
割増賃金が発生した場合には支払う必要があります。
みなし残業制(定額残業代制)、みなし労働時間制いずれの場合でも、残業手当の算出のために、タイムカードなどによって正しい勤務時間を記録しましょう。
前述の通り、支給額からみなし残業代を差し引いた基本給が最低賃金を下回っている場合、最低賃金法に反していることになります。
最低賃金は都道府県ごとに異なるため、基本給が最低賃金を下回っていないか各都道府県の労働基準監督署の掲示で確認しましょう。
なお、時間単位あたりのみなし残業代が最低賃金以上になっていない場合も同様です。
みなし残業で設定した時間を超えて残業した従業員に対し、企業は超過分を割増賃金で支払う義務があります。
みなし残業制(定額残業代制)やみなし労働時間制を採用していても、超過分の割増賃金を支払います。
また、みなし労働時間制を採用している企業で、従業員の残業が規定の残業時間に満たない場合でも、定めた残業代を支払わなければなりません。
みなし残業代やみなし労働時間は、雇用契約書や就業規則に記載するのと同時に、従業員に渡す給与明細にも記載しましょう。
基本給と分けてみなし残業にあたる時間や賃金を記入し従業員へ明確に示すことで、トラブルの防止に繋がります。
36協定によって45時間を超える時間外労働は原則認められていません。
就業規則などに月45時間以上のみなし残業時間を設定しても、無効となる可能性があります。
労働基準法ではみなし残業時間の上限が定められてはいませんが、みなし残業時間を月45時間以上で設定している場合は見直しが必要です。
企業側が法律を守ることは当然のことであり、労働基準法や最低賃金法に沿った制度にする努力が必要です。
在職中はトラブルにならなくても、退職時に未払い残業代を請求され訴訟問題に発展することもあります。
トラブルへと発展する前に正しく交渉して解決することで、企業としての信頼が得られます。
トラブルが発展して裁判となれば、「ブラック企業」の烙印を押されてしまいます。
その損失は計り知れません。
みなし残業の導入を検討している企業では、予期せぬトラブルが生じないように準備することが重要です。
みなし残業を取り入れている企業は、就業規則や雇用契約書、求人広告などに、みなし残業であることの記載があるか、その時間が労働基準法や最低賃金法に反していないかしっかり確認しましょう。
もし自社だけで判断できない場合は、専門家にサポートを依頼することも必要です。
専門家に依頼することで、自社で情報収集などを行わなくても素早く手間なく対応することができます。
トラブルが発生する前に対処することで、従業員が不満を抱き労働意欲・生産性が低下することも避けられるはずです。