企業において従業員を雇っていれば必ず加入しているのが社会保険です。社会保険の手続きを怠ると、従業員とのトラブルはもちろんのこと、罰則を受ける可能性もゼロではありません。事務担当者としては、社会保険の制度については、しっかりと理解しておきたいところです。とくに頻繁に発生するわけではありませんが、知らないと後に困ってしまう手続きも多くあります。その1つが、支店などを新たに設置したときの手続き。企業が事業拡大などのため、新たに支店を開設・設置したとき、社会保険の手続きが必要なことはご存知でしょうか?
今回は、企業が支店を設置したときの社会保険の手続きについて、社労士が知っておきたいポイントを解説していきます。
本コラムでは一般論として支店の設置・開設したときの社会保険手続きをお伝えしています。
実際の手続きは社労士などの専門家と相談しながらご対応ください。
社会保険労務士法人とうかい
執行役員 社会保険労務士 小栗多喜子
同社、人事戦略グループマネージャーを務め、採用・教育を担当する。商工会議所、銀行、Adeco,マネーフォワードなどセミナーや研修講師も精力的に行っている。労働法のアドバイスだけではなく、どのように法律と向き合い企業を成長させるのかという経営視点でのアドバイスを得意としている。
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企業は、事業拡大戦略の一環として、また新業態への挑戦など、さまざまな狙いのもと新たに支店を開設することがあります。支店の開設にあたっては、売上計画、収支予測、資金繰り、どのように事業活動を行なっていくかなど、検討すべき事項や対応すべき手続きが多くあります。加えて、本社のほかに事業活動を行なっていくのですから、その事業・営業活動を支える人材も必要です。人材を雇用していれば、社会保険に必ず加入しなければなりません。もちろん本社においては、すでに社会保険が適用になっているでしょうし、雇用している人材は社会保険にすでに加入済みのことでしょう。支店を開設したと言っても、本社の人材を異動させるのだから、問題ないであろう、と考えがちです。
しかしながら、社会保険においては、「事業所単位」という考え方があります。同じ会社の本社・支店であっても、それぞれが事業所ということです。
社会保険は、原則、この「事業所単位」で『保険関係が成立』します。つまり、新たに支店などの「事業所」が開設されたときは、原則としてその事業所ごとに、社会保険や労働保険の手続きをする必要があるのです。
ただし、事業の種類が同じで、厚生労働大臣から一括適用事業所の承認を受けた場合など一定の条件を満たした場合は、本社で一括して手続きを行うことも可能です。『保険関係成立』には社会保険の種類によって、確認しておくべきポイントがありますので確認しておきましょう。
○支店とは? 支店とは、本社以外の営業活動を行う組織拠点となるものです。本社同様の組織・機能・権限を持ち、営業のほか、経理や人事などのバックオフィス人材も常駐していることもあります。名称が“支店”でなく、“支所”や“○○エリア店”などであっても、意思決定に関わる権限や機能を持っていれば同様です。会社法上では、商業登記していることが支店の要件です。便宜上、支店という名称を使っていても、登記がされていなければ、法律上は支店ではありません。
○営業所とは? 営業所とは、営業活動を行う拠点です。支店と混同しやすいですが、支店が意思決定を伴う組織拠点であるのに対し、営業所は組織の意思決定を行うものではありません。営業人材はいるものの、経理や人事などのバックオフィス人材も常駐していないことが多いでしょう。商業登記も不要です。
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社会保険においては「事業所単位」で『保険関係が成立』します。例えば、本社の他に支店が2か所あれば、合計3事業所で『保険関係が成立』することになります。支店の大きい・小さいには関係ありません。新たに支店を設置するごとに、保険関係が成立するため、新規の適用手続きを行うことになります。その後の手続きも、個別に事業所である支店で行なっていくことになります。
ただし、事業所である支店において、事務手続きを行う人材を配置していない、本社で一括して勤怠管理や給与計算などを行なっている場合、本社で一括して取り扱うことも可能です。
また、事業所である支店が、そもそも組織としての意思決定に関わる権限がないなどの独立性がない場合、社会保険の適用事業所とはなりません。支店ではなく、営業所であるケースなどは、本社で一括して取り扱うことになるでしょう。
◯事業所(支店)で、社会保険の手続きが必要なケース ・本社から事業所(支店)の設置エリアが独立している ・従業員が複数常駐している ・支店組織の経営を独立して行なっており、人材採用、人事管理や経理などを支店で独立して行なっている
◯事業所(支店)で、社会保険の手続きが不要なケース ・本社から事業所(支店)の設置エリアが近接している ・従業員が複数常駐していない ・人材採用、人事管理や経理などを独立性がない、もしくは本社が行なっている
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社会保険の『保険関係の成立』は、「事業所単位」とされています。それぞれの事業所単位において、各種社会保険の手続きを行います。本社、支店それぞれで「労働保険の保険関係成立届」が提出されることになります。ただし、労働保険においては、“業種”というポイントがあります。本社、支店でバラバラに手続きを行なっていくのではなく、本社でまとめて処理する場合には、この“業種”が同じであることが重要なのです。同一業種であれば、「継続事業の一括」として、その処理を本社側でまとめて行うことが可能です。それぞれが「労働保険の保険関係成立届」を提出し、労働保険番号を取得した後、「継続事業一括認可・追加・取消申請書」を本社管轄の労働基準監督署に提出することで、一括の取り扱いが可能です。あくまで本社・支店が同一の事業の種類であることが大切です。新規事業で支店を設置する場合などは該当しません。
◯労災保険を一括できる要件 ・継続事業(建設業、林業等以外の事業)であること ・事業主が同一であること ・業種が同一であり、労災保険率表の「事業の種類」が同じであること |
雇用保険においても「事業所単位」となります。ただし、本社で一括して手続き等を行うべきかわからないケースがあるかもしれません。本社で一括して取り扱いたいということもあるでしょう。その場合には、「雇用保険事業所非該当承認申請書」を、あらたに設置する事業所(支店)側のハローワークに提出し、判断を仰ぐことになります。。
○雇用保険の事業所の非該当承認の要件 ・組織経営上の指揮監督、人事管理や給与支払、経理などに独立性がない(本社で行なっている) ・健康保険、労災保険等について、本社で一括処理している ・人事管理は本社で行なっており、労働者名簿や賃金台帳も本社に備え付けられている |
原則、「事業所単位」で『保険関係が成立』するのが社会保険です。通常、“支店”として商業登記していれば、「事業所単位」とされて、社会保険の適用事業所になります。要は、支店で社会保険の手続きをしなければならない、ということです。ただし、名称は支店であっても、商業登記はしていない、勤怠管理は行なっているものの、給与計算は本社で行なっているような場合、適用事業所となるのか、一体どうしたらよいのか判断に迷うかもしれません。その場合には、「事業場非該当承認申請書」をハローワークに提出することで、判断されます。非該当とされれば、本社で一括して取り扱うことになりますし、適用事業所だと判断されれば、支店の保険関係成立・新規適用の手続きを行い、その後の社会保険手続きは支店で行なっていくことになります。
社会保険が「事業所単位」で判断されるのが原則ですが、多くのケースがあり、わからず不安にお思いのはずです。実際に支店を立ち上げる前に、管轄する労働局や年金事務所、社会保険労務士にまずはご相談いただくことをおすすめします。
新たに支店を設置し、社会保険の適用事業所となったときに必要な社会保険の手続きを確認しておきましょう。各手続きは、手続きの期限も決まっていますので、支店の立ち上げを行う際には、手続きの期限などを過ぎないよう、あらかじめ確認、準備をすすめておくことをおすすめします。また、手続きによっては、オンラインでの申請も可能です。支店設置の準備中や設置直後は、担当者も繁忙で、オンラインで完結できれば効率よくて手続きが可能になります。
① 一般的な業種の場合
② 建築業の場合
③ 本社に一括する場合
① 従業員が新たに設置する支店に異動する場合
② 従業員が新たに雇用する場合
① 従業員が新たに設置する支店に異動する場合
② 従業員が新たに雇用する場合
事業拡大や新規事業への進出など、新たに支店を設置するケースもあるでしょう。さらに支店の統廃合で事業の最適化を図るケースも。さまざまな経営方針、戦略のもと行われる施策も、その土台を支える人材に関わる手続きなども忘れてはなりません。原則、事業所単位で保険関係が成立する社会保険ではありますが、例外となるケースや本社で一括処理が可能なケースなどあり、わかりにくいかもしれません。支店を設置してからゆっくりどうすれば考えればよい、というものでもなく、予めどのようにするかを決めておくほうがよいでしょう。支店設置後もスムーズにスタートが切れるはずです。
当社においては、新たに事業所を設置した際の各種社会保険手続きのサポートはもちろん、その後の労務管理のアドバイス、フォローまで、ご相談を承っています。支店設置や統廃合などの際、社会保険をはじめとした人事労務全般に不安や心配点があれば、まずはお問合せください。どのような対応策があるか、一緒に考えていきましょう。