退職時に支払われる「退職金」。最近では、退職金制度を廃止したり、そもそも制度を導入しないケースもみられるようになってきました。かつての終身雇用が当たり前だった時代から、転職が当たり前の時代に変化してきたことも背景にあるでしょう。とはいえ、中小企業においては、従業員の労働条件の充実や人材採用の場面において、退職金制度は欠かせないといった場合もあります。ただ、資金面や運用面で課題を抱えている企業も少なくありません。今回は、中小企業で導入していることの中小企業退職金共済(中退共)について、取り上げます。
中小企業退職金共済(中退共)は、中小企業の従業員の福祉増進と、中小企業の振興に寄与することを目的に設けられた国の退職金制度です。厚生労働省所管の独立行政法人勤労者退職金共済機構 ・中小企業退職金共済事業本部が運営を行っています。
そもそも、退職金の支給は、法律で義務づけられているわけではありません。退職金制度をどのように設計するのかは、企業が自由に行えます。しかしながら、退職金制度を導入した以上、会社の業績が下向いたとしても、退職金を支払う義務が生じます。
そのためには、どのような退職金制度にするのか、資金面・運用面含めて検討していく必要があるのです。本当に退職金制度を運用していくだけの体力があるかなど、シミュレーションを行なっていく必要があるでしょう。
そこで、単独で退職金制度を運営することが難しい中小企業をサポートし、退職金の共済を行うのが、今回取り上げる中小企業退職金共済(中退共)です。
中小企業のみが加入できる制度で、退職金の原資の確保を、掛け金の一部を国からの助成を受けることで、運用できる仕組みです。中小企業が毎月の掛金を納付することで、従業員が退職した際には、その従業員に中小企業退職金共済(中退共)から退職金が直接支払われることになります。
掛金を積み立てていくような仕組みではあるものの、経費として損金算入でき全額非課税となるため、節税効果が期待できます。
さまざまな見方がありますが、退職金は「給与の後払い」として解釈されます。退職時に発生する債務ではなく、日々積み重なり、たまっていく債務です。そのため、制度の廃止などを行ってもその債務はなくなるものではありません。会社側からすると、大きなリスクとなります。一方従業員側にもそのメリットの大きさがあまり伝わっていないため、近年では退職金ではなく、企業型確定拠出年金を導入する企業が増えています。
中小企業退職金共済(中退共)の魅力として、掛金の一部を国が助成してくれることがあげられるでしょう。以下のような助成がされます。
・掛金月額の1/2(上限5,000円)を、加入後4か月〜1年間助成されます。
・パートタイムなど短時間労働者の特例掛金(掛金月額4,000円以下)加入者については、上記の額に次の額が上乗せされます。
掛金月額2,000円の場合:300円
掛金月額3,000円の場合:400円
掛金月額4,000円の場合:500円
ただし、以下の事項に該当する場合など、新規加入が認められないケースもあるので、注意が必要です。
・同居の親族のみを雇用する事業主
・社会福祉施設職員等退職手当共済制度に加入している事業主
・解散存続厚生年金基金から資産移管の申出を希望する事業主
・特定退職金共済事業を廃止した団体から資産引き渡しの申出を行う事業主
・合併等に伴い企業年金から資産移管の申出を行う事業主
増額分の1/3を増額月から1年間、助成されます。
さらに、特定の市町村によっては、中退共の掛金を補助してくれる場合もあります。自社のある市町村に確認しましょう。
中小企業退職金共済(中退共)は、従業員ごとに月額5,000円〜30,000円の範囲で任意に選択することができます。5,000円〜10,000円までは1,000円刻みで設定、それ以降は2,000円刻みで設定することができます。パートタイムなどの短時間労働者についても適用できます。
掛金月額の決定の方法は、会社によって様々ですが、代表的な決定方法は「定額方式」や「賃金基準方式」「勤続年数方式」となります。
退職金の目安を予め決めてうえで、その退職金から掛金月額を逆算する方法です。例えば、勤続10年の従業員の退職金の目安を200万円程度とした場合には、以下の通りとなります。
掛金月額=200万円÷120か月
おおよそ16,000円の掛金月額が必要となります。
詳しくは、独立行政法人勤労者退職金共済機構 「基本退職金額表」を参照
「基本退職金額表」http://chutaikyo.taisyokukin.go.jp/sisan/sisan03.html
賃金テーブルに基づいて、いくつかのグループにわけて掛金を決定します。
賃金 | 掛金月額 |
---|---|
16万円未満 | 8,000円 |
16万円以上 20万円未満 | 10,000円 |
20万円以上 24万円未満 | 12,000円 |
24万円以上 28万円未満 | 14,000円 |
28万円以上 32万円未満 | 16,000円 |
32万円以上 36万円未満 | 18,000円 |
36万円以上 40万円未満 | 20,000円 |
40万円以上 45万円未満 | 22,000円 |
45万円以上 50万円未満 | 25,000円 |
50万円以上 | 30,000円 |
勤続年数をいくつかのグループに分け、掛金額を決める方式です。
勤続年数 | 掛金月額 |
---|---|
2年未満 | 8,000円 |
2年以上 5年未満 | 10,000円 |
5年以上 10年未満 | 12,000円 |
10年以上 15年未満 | 16,000円 |
15年以上 20年未満 | 20,000円 |
20年以上 30年未満 | 22,000円 |
30年以上 | 25,000円 |
さらに、掛金の増額や減額も可能です。ただし、掛金を減額する場合には、従業員の同意が必要です。さらに、掛金の納付については、12か月度限度として前納でき、割引を受けることもできます。
毎月納付された掛金は、中小企業退職金共済(中退共)で管理・運用されます。従業員が将来退職した時点で、退職金として給付がされます。
従業員に支給する退職金額は、中退共に加入していた期間中に納付した掛金月額と納付月数によって決定されることになります。掛金月額をどのように設定するか、慎重に検討し、退職金規程等に定めておきます。また、退職金は長期に渡って運営していく制度となっていますので、経済情勢や賃金ベースなども加味し、一定期間ごとに掛金月額の見直しも必要になってくるでしょう。
退職金の給付は、一時金で支払われることになりますが、一定の条件を満たせば、分割受給も可能です。税金面においては、一時金で受け取った場合には退職所得控除、分割で受け取った場合には公的年金等控除の対象となります。
中小企業退職金共済(中退共)に加入している企業を従業員が退職した場合、通常は退職金を受給することになりますが、中小企業退職金共済(中退共)に加入している転職先であれば、前企業の掛金納付月数を引き継ぐ「通算」が可能です。
ただし、前企業での掛金納付月数が12か月未満であるときは、退職自由が自己都合や従業員の責に帰すべき事由でないことが認定されなければ、通算されません。
中小企業退職金共済(中退共)または、商工会議所・商工会等が行う特定退職金共済制度の共済に加入していた従業員が退職し、退職後3年以内に、退職金の請求をせず転職し、一方の共済制度の加入したとき、通算の申し出をすることで相互に退職金相当額を通算することが可能です。
また、特定の業種(建設業、清酒製造業、林業)の期間雇用を対象とした特定業種退職金共済制度の加入者であった従業員においては、掛金納付月数の通算が可能です。ただし、退職の理由が自己都合やその従業員の責めに帰すべき事由でないと厚生労働大臣が認めた場合に限られます。さらに、特定業種退職金共済制度の加入者である従業員が、職種が変更になることによって、同じ企業の中小企業退職金共済(中退共)の加入対象者に該当することになった場合も、掛金納付月数を通算することが可能です。
中小企業が、自社の都合によって中小企業退職金共済(中退共)をやめる場合には、どのような取り扱いになるのでしょうか。
中小企業が中小企業退職金共済(中退共)をやめるには、従業員の同意が得られているか、もしくは掛金を継続して納付することが困難であると厚生労働大臣が認めたときに限りできるこことになっています。従業員の同意が得られた場合には、「退職金共済契約解除」を行うことになります。掛金の納付が12か月以上ある場合には、解約手当金が支給されます。
一方で、事業拡大等により、前述の加入条件に該当しなくなった場合に、中小企業退職金共済(中退共)をやめる場合もあります。この場合も、届け出によって退職金共済契約を解除することが可能です。その場合には、従業員に解約手当金を支給することもできますが、通常、事業拡大等によってということであれば、一定の条件のもと、解約手当金相当額を原資として、企業年金制度に移管することになるでしょう。
さまざまな退職金給付制度があるなか、制度間のポータビリティが拡充されてきました。企業として従業員のセカンドライフの資産形成を支援する意味でも、ご興味をお持ちの経営者、人事労務担当者も多いでしょう。
今回、注目したいのは、事業拡大などに伴って中小企業退職金共済(中退共)をやめ、新しい制度に移行する場合や企業の合併が行われる場合に、過去の資産を新しい制度に引継ぐことができるかどうかが、大きなポイントです。
これまでの制度を廃止して、ゼロからスタートするのであれば、どのような制度も可能です。しかし、それは一時金を一旦精算するこことにもなるため、現実的ではありません。制度移管が可能な制度を選択する、もしくは新たな退職金給付制度と併用することになるでしょう。
中小企業退職金共済(中退共)と、資産移管や併用が可能なのは、確定給付企業年金(DB)または企業型確定拠出年金(DC)です。
制度移管が可能なケースをみてみましょう。
中小企業退職金共済(中退共)⇒企業型確定拠出年金(DC)へ
従業員の同意など一定の要件を満たせば、企業型DCへ資産移管が可能です。中退共の解除の翌日にDCに移管するかたちになります。
吸収合併、新設合併、吸収分割、新設分割、事業譲渡の場合に、企業型DCに資産移管が可能です。
いずれも移管は可能なものの、規約や手続き等もわかりづらい上、従業員への丁寧な説明が必要など慎重さも必要になってきます。専門家や関係機関への相談を早めに行いながら、計画的に進める必要があるでしょう。
中小企業退職金共済(中退共)から企業型確定拠出年金に制度の移管を行う際に、気を付けたいのでは、制度の選択の選択肢が少なくなるということです。退職金の移管が不利益変更とならないように留意する必要があるからです。移管は複雑な法律がからみますので、専門家にご相談ください。
加入をはじめ、どんな手続きがあるのか、確認しておきます。
① 従業員の同意
まずは、加入させる従業員の同意が必要です。原則、雇用する従業員全員が加入することになります。制度の説明、掛金などについて、丁寧に説明し、同意をしてもらうよう進めます。
ただし、以下の従業員は除外されます。
・期間雇用や季節的業務雇用の従業員
・試用期間中の従業員
・短時間労働者
・休職期間中の従業員
・雇用関係が終了することが明らかな従業員
・加入に同意しなかった従業員
② 書類の記載
加入申込書等の記入を行います。加入申込書は金融機関(ゆうちょ銀行・農協・漁協・ネット銀行・外資系銀行は除く)などに、用意されています。
③ 必要書類の準備
中小企業であることの証明が必要です。登記簿謄本などを用意します。
④ 申し込み
申込書、必要書類等を提出し、申込みを行います。
⑤ 契約の成立
審査終了後、各従業員の「退職金共済手帳」が事業主に送付されます。
中小企業でなくなった場合にも、手続きが必要です。「中小企業者でなくなったことの届」を提出する必要があります。届出によって退職金共済契約が解除され、従業員の請求に基づいて解約手当金が支給されることになります。企業型DCなどに移管する場合には、従業員の同意の上、移管申出の要件を満たすことで、解約手当金相当額を移管することができます。
2021年4月から、「高年齢者雇用安定法」の改正により、 企業に対して「70歳までの就業機会確保」を導入する努力義務が課せられるようになりました。いずれ努力義務から義務化されることを念頭に置いておかなければならない時代となっています。企業にとっては、従業員の雇用継続を行なっていくために、原資をどう確保していくか、頭を悩ませていることと思います。
こうした動きを背景に賃金や退職金制度の見直しを行なっていく必要に迫られています。とくに退職金制度においては、定年延長となれば退職金の積立期間、支払い時期など、慎重に検討しなくてはなりません。
しかしながら、退職金は運用期間が非常に長く、算出方法なども複雑なケースも多く、税金や年金の知識も必須です。専門家などのアドバイスを受けながら、効率的に実施していくことをおすすめします。
当社でも、今回、ご紹介した中小企業退職金共済(中退共)をはじめ、顧問先の企業への退職金制度のアドバイスも行っております。御社に合った退職金制度を状況をおうかがいしながらお伝えします。
日本の給与制度はもともと「生活給」という側面が強い特徴があります。結婚したら配偶者手当を、子供が生まれたら家族手当を、子供が大学に進学するから40代後半から50代前半が最も給与が高くなります。その延長で、老後のために退職金制度が存在しています。
思想としては理解できても、これで企業が本当に成長するでしょうか?以前と比べ働く期間は長くなっていますし、市場も少子高齢化しています。中退共は魅力的な制度でありますが、そうした時代背景からも選ばれなくなってきています。近年は自分の年金を自分で積み立てる企業型確定拠出年金の導入が選ばれています。